さてういSS レベルアッパー編

(うそっ、なんでこんな時に・・・)


佐天涙子は自分の携帯電話兼MP3プレーヤーに目を落とす。最近充電していなかった電話は、ふてくされたように「電池切れ(充電しろ)」という文字をデカデカと表示してから、ディスプレイのバックライトを落とした。
これでは風紀委員(ジャッジメント)に目の前の光景を通報出来ないではないか。


「オイ、そこに誰かいんぞ」


涙子の体が強張る。
背中を預けていた壁から離れ、すぐ右後ろ、ビルの隙間にある小径へと、恐る恐る振り返る。
そこに居たのは、いかにもな柄の悪い不良たち。そして、地面にうずくまるひとりの男。不良のひとりの手に握られているのは、有名なメーカー製の音楽プレーヤー。
そこは、幻想御手(レベルアッパー)の取引場所だった。
巻き込まれてタダで済むような空気では無い。佐天はとりあえず小径に顔を出すと、一気にまくし立てる。


「た、ただの通りすがりでして・・・これにて失礼」


それだけ言うと、彼女はその場から走り去った。
つい数ヶ月前まで小学生をやっていた身なのだ。あんなやつらに敵うはずが無い。
それに、自分一人で何とか出来るような能力も持っていない。身体検査(システムスキャン)が佐天涙子に下した評価は、「才能無し」の無能力者(レベル0)。努力の余地もほとんど無く、能力らしい能力が発現する事もなかった。


(しょ、しょうがないよね。あたしに何か出来る訳じゃないし・・・)


見なかったことにしよう。
そう思っていたはずだった。なのに。


「もっ、もうやめなさいよ!」


彼女は不良たちに向かって叫んでいた。
見過ごせなかった。許せなかった。それに、自分の親友である、あの花飾りの少女がこの場面を見たら、きっとこうした行動をとっているだろう。彼女だって、強い能力を持っている訳でもないのに。


「その人ケガしてるし・・・す、すぐに警備員(アンチスキル)が来るんだから」


言葉を続ける彼女に、しかし現実は容赦などしなかった。
涙子に不良の一人が近づき、おもむろに彼女の頭上を蹴り上げる。


「ひっ!」


頭を抱える涙子の後ろの、工事現場を囲うスチール製の壁に突き刺さる不良の蹴りが、大きな音を立てた。


「今なんつった?」
「ひっ・・・」


不良が涙子の長髪を鷲掴む。凄みを効かせた彼の声が、涙子の恐怖を掻き立てた。
涙子の頬を涙が伝う。
もう自分は駄目だ。
そう思ったときだった。
誰も通らないはずの裏路地に、声が響く。


「佐天さん!!!」
「う、初春・・・?」


涙子の見知った少女が、息を切らしてそこに立っていた。


「ジャ、風紀委員(ジャッジメント)ですっ! ぼ、暴行の現行犯であなたたちを拘束します!!」


初春飾利は、風紀委員の腕章を見せつけながら、緊張で震える声でそう続ける。足は小刻みに震え、額からは冷や汗を流しながら。


「アぁ、何だテメェ?」
「見ろよ! こいつ足震えてるぜ」
「見た目からしていかにも弱そうだな、ア?」


不良たちが一斉に飾利へと振り向き、近寄る。そして顔を見合わせ、下卑た笑みを浮かべた。


「っらぁ!」
「きゃっ!」


不良の一人が飾利に殴りかかると、彼女はあっさりと倒れてしまう。


「初春っ!!」


涙子はそんな飾利を見て彼女へと駆け寄るが、その彼女にも暴力の嵐は襲いかかった。


「いっ・・・!」
「そんなに二人で居たいのか?」
「へへっ、お仲の良いこった。あのデブで遊んだ後、お前たちとも遊んでやるよ」


顔に痣を作られ動けなくなっている二人を、不良たちは軽々と持ち上げ、隣のビルのコンクリートがむき出しになっている部屋へと運んで行く。荒々しくドアが閉められる音してからしばらくすると、扉の向こうから嘲笑と悲鳴が二人の耳へと聞こえてきた。
ひときわ大きな悲鳴が聞こえるたびに、涙子と飾利は体をふるわせる。
震えながらも、飾利は自分の携帯電話の画面を見て、そしてすぐにバックライトを消した。鉄筋造の建造物の中には、携帯電話の電波は届かない。
やがて、咽び泣く声と、数人の大きな笑い声しか聞こえなくなった。


「ごめんなさい、佐天さん・・・私っ・・・風紀委員なのにっ、佐天さんのこと守れなくって・・・危ない目に会わせちゃって・・・・・・」


グズグズと泣きながら、飾利は涙子に詫び始める。
そんな彼女を、涙子はそっと、覆うように抱きしめた。


「ううん、初春のせいじゃないよ。あたしがこんなところに首突っ込んじゃったせいだもん。・・・あたしの周りの人たち・・・初春も含めてみんな正義感あふれるすごい人たちばっかりで・・・あたしは無能力者で、何も出来なくて・・・『あたしだって』と思ってこんな無茶なことしちゃって・・・ホント、バカだよね、あたし」


涙子の頬を伝う雫が、飾利の花飾りの上にパタパタと落ちてゆく。
ひときわ深い溜め息とともに、涙子がつぶやいた。


「身の程わきまえて、何もしないで、無能力者らしくおとなしくしてれば良かった・・・」




「そんなこと言わないでください!!」


涙子の鼓膜を叩いたのは、飾利の大声だった。


「もう一度言います。そんなこと言わないでください」
「うい・・・はる?」


普段はおとなしい飾利が涙目のまま、突然声を大にしたことに戸惑いつつ、涙子は目を丸くする。


「佐天さんは立派な人です。能力なんか無くたっていつも私のこと引っ張ってくれるし、熱出した時も看病してくれました。こうして良くないこと見過ごせない、とってもすごい人なんですから! だから・・・だから・・・」
「初春・・・」


言いながら、飾利は涙子の背に手を回した。
その真心が嬉しくて。涙子の口からは自然と言葉がこぼれ出ていた。


「携帯の充電器持ってない? 電池式のやつ」





あまりにも唐突なその言葉に、飾利は理解が追いつかず、返事ができずにいた。


「ねぇ、初春。充電器・・・」


もう一度、そこまで聞いてやっと内容を理解した飾利は、涙子の背に回していた手を、スカートのポケットへと移動させた。


「も、持ってますけど・・・何に使うんですか? この建物、鉄筋ですから」
「電波届かないんでしょ。わかってる。電話使うんじゃないから・・・」


涙子の言葉が府に落ちない様な顔をしていた飾利だったが、おずおずと涙子に充電器を差し出した。
ありがとね、と涙子は言いながら、自分の携帯電話兼MP3プレーヤーに充電器を繋ぐ。しばらくすると、画面が明るさを取り戻した。
アーティストの一覧から「Unknown」を選び出し、イヤホンを耳に挿す。


「あたしね」


ぽつり、と涙子が声を漏らした。


「初春が傷つくところだけは、どうしても見たくないんだ」
「・・・え?」
「あたしがあいつらを引きつけるから、できるだけ足止めするから、その間に初春は逃げて」


飾利は見た。
大切な親友の揺るぎない決意を宿した目を。
プレーヤーの画面に表示されている曲名「LeveL UppeR」の文字を。
考える前に、手は動いていた。


「ダメですつ!」


飾利は涙子のプレーヤーをひったくった。涙子の片耳からイヤホンが外れる。


「邪魔しないで、初春!」
「嫌ですっ!」


更に飾利がプレーヤーを引っ張った。涙子の両の耳から外れたイヤホンを耳に入れ、涙子から跳びすさる。


「初春!」
「元々私の方がレベルが高いんですから、同じレベルだけ上がるなら、私の方が佐天さんより何とか出来ます!」
「だめ! そんなの許さないんだから!」


涙子は飾利に掴みかかった。
飾利の手からプレーヤーが取り上げられる。


「レベルアッパーを使うと、何か副作用があるらしいんです! 佐天さんにそんな危ない物を使わせる訳にはいきません!」


再び飾利がプレーヤーを奪う。


「だったら尚更っ! あたしが初春を護るの! あたしはどうなったって良い!」
「良くありません! 私が」


取り合いの最中、ゴツッという鈍い音が響いた。


『痛っ!』


二人とも頭を抱えて蹲る。
乾いた音を立てて、プレーヤーが地に落ちる。





しばらくして、涙子がプレーヤーを拾い上げると、ガラス製の画面には細かい傷がたくさん入っていた。
試しに画面を触って見る。
指に、タッチパッドの破片が付いた。が、プレーヤーはそれに反応して画面を明るくする。
それを見て、涙子は仕方なさそうに溜息をついた。


「初春」


まだ頭を抱えている親友に、涙子はイヤホンの片方を差し出す。
飾利は目を潤ませながら、顔を上げた。


「・・・頼りに、してるんだからね」
「佐天さん・・・」
「二人でだったら二人とも逃げられるかも知れないし、ひょっとしたら倒せちゃうかもね」
「・・・はい! 二人で助かりましょう。それで、何か甘いものでも食べにいきましょうよ! 特大クレープとか!」
「あ、良いねぇそれ! よし、どっちが早く食べ切れるか競争しよ!」


ひとしきり、ふたりは笑いながら語り合う。
が、それも長くは続かなかった。
やがてどちらともなく話を止め、表情は暗くなる。


「・・・準備、良い?」
「はい」


二人は床に座り込む。


「行くよ」


涙子の言葉に、飾利は肯いた。
やがてイヤホンから流れ出す、何とも不思議な音。五感に訴えるその音源を聴きながら、二人は床に横になる。
友が自分を信じてくれることがこの上無く嬉しくて、
友を禍中に巻き込んでしまったことがひどく情けなくて、
二人は、お互いのために、涙を流した。











ドアの外から聞こえる笑い声が大きくなってくる。
やがて外開きのドアの前に積まれたバリゲートを退かす音がして、小さく開いたドアの隙間から光が差し込んだ。
細い光の筋を暗くしながら、不良の一人が顔を覗かせる。


「ハハハ、たっぷり遊んでや」


彼の言葉はそこで途切れ、それ以降の言葉が紡がれることは無かった。
部屋の中から吹き出した突風が彼を吹き飛ばし、通路の反対側の壁に頭部を強打させる。
短い悲鳴と共に、彼は床に倒れこんで動けなくなった。


「何だ?」
「今、ガンって凄い音したぞ!?」


意識を失った不良に、仲間が駆け寄る。
そして異変に気づく。


「おい、なんか匂いしないか?」
「そんなのに構ってられるか! 見てみろ、あいつ伸びてるぞ!」
「マジかよ!? おい、大丈夫か? しっか・・・りし・・・ろ・・・」
「お、おい?! お前こそだいじょ・・・ぶ・・・じゃない・・・」


一面に漂いはじめた異臭の影響で、次々に不良達が意識を失う。
匂いは涙子と飾利が閉じ込められた部屋から漏れ出していた。





「・・・ホントに、能力使えるんだ」
「私も、こんなに強くなるとは思ってなかったです」


言いながら、飾利は不良達に手錠をかけてまわる。
涙子は廃ビルの外に出ると、大きく伸びをした。
あとから出てきた飾利に、ぽつりと呟く。


「・・・使っちゃったね、レベルアッパー」
「・・・はい」
「これから、どうなっちゃうんだろう。あたしたち」
「多分、風紀委員に拘留されちゃうと思います。レベルアッパー使った人たちのほとんどが何かしらの事件を起こしてますから。レベルアッパー事件が全て終わるまでは」
「そっか」


飾利は顔を俯けた。自分はともかく、何も悪いことはしていない、それどころか正義を貫こうとした大切な友人が拘束されてしまうなど、とても彼女の許せるものでは無かった。
ところが、当の友人はあっけからんと言い出した。


「なら、仕方ないか」
「えっ、さ、佐天さん?!」
「あたしたちが危ないことするかもしれない、って思われてるわけでしょ? じゃあしばらく大人しくしてれば良いだけの話じゃん」
「それは、そうですけど・・・」
「そんな心配しなくて良いって。それに、多分初春も一緒でしょ?」
「部屋は違うと思いますけど・・・」
「それでも良いの! 何よりさ・・・」


涙子は言葉を切り、飾利に笑顔を向ける。


「初春が無事だったし」


飾利にとっては、その屈託の無い笑顔こそが何より有り難くて、切なくて。
知らず、涙子に抱きついて、彼女は声を出して泣いていた。


「そ、そんな泣く事無いじゃん!!」
「だって、だって・・・佐天さん・・・優しすぎるから、だから、もっと一緒に居たいんです・・・佐天さんが拘留されちゃうなんて、私には耐えられません!」
「初春・・・」


涙子は、今更風紀委員から逃亡しようなどとは考えていなかった。


(でも・・・)


胸の中に湧く、小さな罪悪感。
それは、彼女の腕の中で泣きじゃくる少女に比べて、ずいぶんとちっぽけで、陳腐に見えた。


「ねぇ、初春。一緒に空、飛ばない?」
「え?」
「今のあたしの力ならさ、多分風に乗って空も飛べると思うんだ。この都市(まち)を二人で上から見てみようよ」
「佐天さん・・・でもそれってもしかして・・・」
「初春より大切なものは無い、ってね! やっぱり、あたしは花みたいに明るく笑ってる初春が好きだな〜」
「・・・」


飾利は、今更ながら自分の涙子に対する発言を後悔した。
涙子が飾利の望みを受け入れること。
それは、彼女の正義を挫くことになってしまう。
彼女を歪めることになってしまう。
飾利は、涙子を振り向かせた。


「佐天さん」
「ん、何?」
「私、絶対責任取りますから」


涙子が見たのは、これまでにも何度か見たことのある類いの飾利の顔だった。
一番最近であれは、セブンスミストでの虚空爆破(グラビトン)事件のとき。
覚悟を決めたとき。気を引き締めるとき。
何より、自分の信念を貫きとおす時の、彼女の顔。


「一生かけても背負いきれないかも知れないですけど、私が、佐天さんのことを守りますから」


健気で、可愛らしくて、何より強い友の姿を見て、涙子の口から軽く息が漏れる。


「頼りにしてるんだからね、初春!」
「はい!」
「よーし、じゃあ二人のハネムーンと行こうか!」
「ぅひゃあ!?」


涙子は飾利を抱えた。
俗に言う「お姫様抱っこ」の格好になった初春は、頻りにスカートを気にする。


「佐天さん?! この態勢、結構危険な気がするんですけど!? スカートの中身的な意味で!」
「えー、そう?」
「そうですよ! 他の人に見られたら嫌です!!」
「ん? 他の人?」


涙子に、とっさに出てしまった言葉の端を指摘され、飾利は顔を真っ赤にした。


「・・・私のスカートの中身は、佐天さんだけのものですから・・・」


朱に染まった飾利の頬に、湿った物が触れる。
チュ、と小さな音を立てて、それは離れた。


「さぁ、行くよ!」
「は、はい!」


少しばかり、けれど間違いなく先程より紅い涙子の頬を見ながら、飾利は心地良い浮遊感を感じていた。



Pixivのklさんの絵をお借りしました。有り難うございます。
このSSは、あのシーンが書きたくて書いたようなものです。