明日への扉を閉じる法

「誰だ」


険しい顔をして車椅子に座った少年が声を上げた。


コツ、コツ、コツ


ヒールがアスファルトをたたく音がして、それは少年の横に姿を現す。


「悪魔さ」


漆黒の中に白い女性の顔が浮かび上がった。あまりに白いがために、光っているようにすら見える。
それは闇色のドレスを身に纏い、その整った顔を笑みに歪ませた。


「お前の願いを叶えに来た」
「それはご苦労なことだな」
「おや、オレが悪魔だ、なんて言ったのに疑わないのか?」
「私には分かっていた、お前が来ることを。『悪魔』とは世界が用意したシステムの一つだろう。私がこういった状況に陥れば、必ず現れると思っていた」


少年が膝掛けをめくると、包帯が巻かれた太股から先が無くなった脚が覗く。すぐに膝掛けが戻された。


「この世界が『世界存続の願い』によって存在しているとすれば、その願いは大きなうねりとなって世界を憎む人間に対して襲いかかる。初めはムチだ。痛い目見せて言うことを聞かせる寸法だろう。そして、それで私は脚を失った。次に飴だ。願いを叶えて、世界に恩義を感じさせる」
「ふぅん、よく考えたものだな」
「違うか?」


感心した口振りの悪魔に、少年は初めて悪魔を見た。それに対して悪魔は首をすくめて答えた。


「さぁね、オレも知らない。人間に『人間はなぜ存在するのか』と聞いて答えられる奴が何人居る? それと同じだ」
「なるほど、確かにそうだな」


厳しい目をしたまま顔を正面に戻した少年が、フッと笑う。


「じゃあ、外にいるのもオレが来るのを分かってたからか」
「そうだ」


少年は、すでに車の通りの絶えた大きな通りの歩道に居た。目の前には、ちぎれて役目を果たさなくなったガードレールが、少年と少年の両親の血を付着させたまま転がされている。


「願いを叶えてもらおうじゃないか」
「まあ、なんなりと言ってくれ。善処はしよう」
「まさか叶えられない願いがあるわけではあるまい。もちろん、『叶えられる願いを増やせ』とか言ったナンセンスな願いではなく、だ。願いを叶えるのは世界そのものだ。世界の中に生じる事象くらい、簡単でなくとも操れるだろう」
「それを分かっていてもらえて安心したよ。では、お前の願いは?」
「知っているくせに聞くのか? 野暮だな」
「ルールなんだ、仕方ないだろ。さぁ、何だ?」


「世界を壊してくれ」




一瞬の間の後、悪魔は腹を抱えて大声で笑いだした。


「何が可笑しい?」
「はっははは、だってそうだろ! お前の言葉が真実だとすれば、世界を存続させるために存在する悪魔がそんな願いを聞き入れられないことくらい分かるだろ! ははははは!!」
「知っている。だから、願った」
「ははは、そうかい」


髪を振り乱し、未だヒーヒー言っている悪魔を後目に、少年の表情はどこまでも真剣だった。


「わかったよ。その望み、叶えよう」


笑いすぎて肩で息をしている悪魔は髪を手櫛で梳きながら言った。


「これが、世界が出した答えだ」


言った瞬間、悪魔は消えていた。
突然少年の横合い、悪魔が居た方から白い光が少年の頬を刺した。


ドカッ
























「・・・世界を壊すか・・・やって・・・くれたな・・・」
「誰に言ってるんだい。ここには誰も居ないだろ」
「・・・お前だ・・・」


陽光の射し込む白い病室のベッドに、頭部を包帯でぐるぐる巻きにされた少年が横たわっていた。ベッドの隣に設置された心電図が、もはや周期的とは言えないペースで音を立てている。
少年のベッドの端に、昨晩の悪魔が腰掛けていた。


「お前が死ねば、お前が認識している『世界』は消える。人間は自分の中に構築した世界に外界から情報を取り込んで、『世界を認識している』と思ってるんだ。愚かな生き物だよな。独断と偏見に満ちた主観しかそこにはない」
「・・・そうだろう・・・だからこそ・・・そんな不完全な存在を・・・生み出したこの世界が憎い・・・」
「・・・なるほど。そろそろお別れのようだ。オレは行くよ」
「・・・世界とやらに・・・伝えろ・・・なぜ・・・こんな皮肉な・・・事を・・・する・・・」
「世界の本質なんだろうさ。そうそう、『世界存続の願い』の意見としてはさ、一に鞭、二に飴、それでだめなら『崩壊も存続も願わせない』みたいだよ。あくまでオレの推論だけどね。何度かお前みたいなの見てるし。じゃぁな」


ベッドの端から腰を上げた悪魔が窓を向くと、透けるようにしてその姿が掻き消えた。
少年は、もはや口を開くだけの体力のない体でもつぶやくことを止めない。


「・・・私の・・・のぞ・・・」


少年の魂は永遠にこの世から失われた。
残されたのは、ベッドの上、悪魔が座っていた箇所に残る温もりのみ・・・



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