今日のゆうじろうSS

kagiya2008-01-30


「え?!技術顧問?」
「そうそう。ちょっと手伝ってやって欲しいんだよね」






昨日、司書の先生からメールが来た。
何でも、昔図書委員会でやっていた企画絡みの用件で、図書部の根本先生が呼んでいるという。
その翌日ーーつまり今日、その先生の居る教務部に顔を出すと


「ちょっとさ、国際青年サミットに参加したがってる連中の作品づくりに協力して欲しいんだ」


ちょっと待ちましょう、先生。


「作品づくりと図書委員会の企画に何も関係が無いじゃないですか」
「いや、おんなじラジオ番組の作成だよ」


そうきましたか。
依頼主は4人組で、その何とかサミットに参加するための審査を通過するためのプレゼンで音声番組を使おうとしているが、如何せん、作り方が分からないらしい。
そこで制作経験のあるあたしの出番・・・って、ちょっと。


「その人たち、自分たちで調べようとは思わないんですか?」
「いや、提出締切が明日なんだよ」
「明日ぁ!?」


何というぶっつけ本番・・・あたしも人のこと言えないけどさ。夏休みの宿題とか。


「いや、俺もね。『何でもっと早くから準備しないんだ』って言いたかったけどさ。スクリプトだけ用意してあって、あとはプレゼンの方法だけって所で行き詰まってたらしいんだよ。で、『ラジオ番組はどう?』って話をして・・・」
「あたしの名前が挙がった訳ですね・・・」
「引き受けてくれるかな?」
「いいともー!・・・って、しまった!いつもの調子でっ・・・」
「はいよろしく」


ハッハッハと笑う先生をジト目で見つつ。


「・・・先生」
「何?」
「前に某声優さんと知り合いだとおっしゃってましたよね」
「うん」
「報酬はそれで」
「うーん、今度話す機会があったら会ってくれるように話しておくよ」
「じゃあやります」


うん、人間やっぱりモチベーションが大切よね。







「という訳でして」
「ここを使う、と」
「そうおっしゃってました」


所変わって図書館司書室。ちなみに今は放課後。
司書の先生に編集をここで行う旨を告げて、早速ブツを広げる。


「じゃじゃーん」
「おおっ、それはっ」
「最新のMacBookProですよ!」


銀色のボディがむやみやたらに冷たい。キーボードまで金属でないのがせめてもの救いか。まあ稼働させてれば、そのうち廃熱で暖まるでしょう。
上級機種なのでディスプレイも大きい。
根本先生が持っていたのを『編集用』の名目で借りてきたのだ。


「さぁて、どうしてくれよっかなー」
「あれ?編集用なんじゃないんですか?」
「まだ面倒見て欲しいって人たちも来てませんし、来るまでの間くらい好きにイジってもバチ当たりゃしませんよ」


電源を入れ、立ち上げている間にLANケーブルを繋ぐ。
最初は何をしようかな。


「お、BootCampでWindows使えるようになってるのかぁ。じゃあVMWareFusionの体験版でも入れて・・・」


インストーラーをダウンロードして、体験用のシリアルナンバーを取得。
早速BootCampパーティーションを起動・・・ありゃ?


「ハードウェアの構成が大きく変わったのでライセンス認証し直してください・・・そっかー。仮想マシンになったらハードも全部仮想ものだもんねー」


前に露木が「CPU変えたらWindows動かなくなった」と言っていたのはこれのせいか。
取りあえず3日間はこのままでも動くようなので、起動。


「やっぱりこの機能は試さないとねっ!」


ユニティモード(MacのデスクトップにWinのウィンドウを同居させるモード)のボタンを、ポチッとな!


「・・・何で押せないのよぉー!!」
「あのー、天ヶ崎さん?」
「何ですか」
「さっきから独り言が多くて、まるっきり怪しい人になってますけど」
「そんな事は重要じゃないんです!今はユニティモードにならないことが重要な課題なんです!偉い人にはそれが分からんのです!」
「それと例の方々がお見えになりましたよ」
「え!?」


司書室のドアに並ぶ4人組。女の子二人と男二人。


「すみません、お見苦しい所を・・・」
「いえいえ、こちらこそ。お世話になります」


何か頭下げたらお辞儀合戦になってしまった。





「えっと、それで・・・もう原稿は出来てるんですよね?」
「はい」
「じゃあ早速録音しましょう」


何でも英語で全部やるらしく、英語が苦手なあたしにはチンプンカンプンだったので丸投げ。


「あ、レコーダー用意してるんですけどこれで良いですか?」


見せられたのは、昔さわったことのあるタイプのICレコーダーだった。確か録音されたのはWMAになって保存されるはず。


「良いですよ」
「ここで録るんですか?」


すかさず司書の先生がツッコミを入れる。


「今3年生が受験勉強でカリカリしてるので、ここではないところでお願いします」
「あ、は、はい、分かりました」


4人組はスクリプトとレコーダーだけ持って外へ行ってしまった。


「さぁて、締切までに出来るんでしょうかねぇ」
「でも締切直前に間に合わなくて悲嘆に暮れている様子見るのも面白そうですねぇ」


先生、何気なくヒドいことをさらりとおっしゃいますね?その笑顔が恐ろしいっす。
取りあえずVMWareを終了して、WMAMacで使えるように「携帯動画変換ちゃん」を準備する。初めから「MP3に変換する」というプリセットが入っているので便利だ。
ダウンロードやセットアップを済ませて、しばらくブラウジングしていると4人が帰ってきた。


「えー、あのー、これって余計な部分はカットできるんですよね?」
「出来ますよー」


そう言う技術的に考慮しておかないといけないことは最初に聞いて欲しいものだ。質問がないから分かってるもんだとばかり思っていた。
早速ICレコーダーをマウントしてファイルをHDDにコピる。Macはコピーが完了していなくても「ポーン」というコピー完了のSEが鳴るから始末が悪い。レコーダーのアクセスランプを見て、ファイルを携帯動画変換ちゃんに放り込む。
MP3の出力が終わるまでの間にGarageBand(バンドルされてるソフトのくせに、波形編集、各種フィルター処理なんかが出来るスグレモノ)を起動。新規ポッドキャストエピソードを作成。変換が終わったMP3ファイルをGarageBandに放り込んで、波形を見ながらの編集に移った。


「うわー、すごーい」


何かする度に、隣でメンバーの一人が声を上げる。そう誉めてもらえるとこちらとしても嬉しい。特に女の子に誉められると。でもそんなに何回も言ってて疲れないんだろうか。
ゆうじろうを膝に乗せて、なんか融通を聞いてくれないトラックパッドを操作するあたし。
一度、通しで再生しながら余計な部分をカットして行く。
次の再生でさらに細かな修正。
最後にフィルターをかけて雑音を抑える。
ここまで終わると、もう下校時刻になっていた。


「あれ?残りの二人は?」


気が付けば4人の内の2人(両方とも男)が居なくなっていた。


「あ、何でも歯医者とか塾とかがあるらしくて・・・」


何でこんな所で帰るのよ!あたしに全部仕事させるつもり?!あんた達の作品でしょ!!
と思ったが、この場にいない人物に怒鳴っても仕方がない。
すっかり外は暗くなっていた。


「や。調子はどお?」


そこへ根本先生がやってきた。


「どうだい、天ヶ崎はスゴいだろ」
「凄いですね、こんなことあっと言う間に出来ちゃうなんて!感動しました!」


先生、あたしが先生の自作マシンみたいな自慢の仕方しないでください。


「なんかね、天ヶ崎に頼めば何とかしてくれるような気がするんだよね」
「それで人を馬車馬のように使うわけですか」
「良いじゃない、ドラえもんみたいで」
「ホント、天ヶ崎先輩がいなかったら私たちどうなってたことか・・・有り難うございます!」
「いやいや、タダ働きは慣れてるから。・・・だって夏休み突然学校に呼び出されて、図書委員なのに修学旅行委員会のDVD作成させられたんだよ?!それで報酬はお昼のうどん(525円)だけだよ?!しかもメニューのHTML、結局あたしがメモ帳で全部打ち直したし・・・流石に何回もあると、こう、ボランティアで良いかなー、みたいな・・・」
「あわわわ、スミマセン。今度お礼用意しますんで・・・」
「あ、いやそんなつもりで言ったんじゃないのよ。うん」


そんなこんなで一日目終了。締切まで残り1日。
さぁて、あの4人は締切に間に合うのかしら?






「こんにちはーっ、寒いですね」
「来るとき毎回言ってません?」
「毎日言っても足りないんですよ」


翌日放課後、再び司書室に来たあたし。一番乗りらしい。
昨日から置きっぱなしだったMacBook Proの電源を入れる。
起動してからGarageBandを立ち上げていると、4人の内の1人がやってきた。
ばっちりゆうじろうを抱きしめてる所を見つかる。


「・・・」
「・・・ども」
「かわいー」
「よね!よね!この子、ゆうじろうって言ってね・・・」


他の3人が来るまでゆうじろう談義が続いていた。





「じゃあ今度はBGMを入れたいのね」
「はい、ファイルはレコーダーの中に移してきたので・・・」
「じゃあ指示ちょうだい。いちいちスクリプトのどの辺かなんて追ってられないから」


締切まで残り1時間。
投稿はネットで済ませれば良いらしいのだが、夕方は校内LANが混むので通信が遅くなる。念のため30分余裕を持っての締切設定だった。
一人がBGMの指示を出しながら、残りの3人は原稿を準備する。画面右上の時計に、頻繁に目が行く。


「お、なんかやってるね」
「こんにちは」
「こんにちはー」
「あれま、お客さんじゃないですか」


編集中に入ってきたのは、針ヶ谷さん、小西、それから浦辺さんだった。
浦辺さんの名字はさっちゃん(浦辺 皐)と一緒だが、全く繋がりはない。


「天ヶ崎さん」
「ん?」


ばっ


「ああっ」


ゆうじろうを浦辺さんにとられてしまった!


「ゆうじろう返して!」
「はい」
「・・・」


渡されたのはプーさんのぬいぐるみ。
そうなのだ。浦辺さんは時々図書館に来てはゆうじろうを強奪してあたしをいじめるのだ。


「ゆうじろうが良い」
「ゆうじろうだって、天ヶ崎さんにきつく抱きしめられたら苦しいよ?この子の幸せも考えてあげなよ」
「・・・」
「先輩、編集は・・・」
「あ、ごめん」


取りあえずプーさんを頭に乗せて、MacBookに向かい直す。
あたしの方を見た数人が「かわいー」と声を上げた。悪い気はしない。






「出来たっ!出力はMP3で良い?」
「それでお願いしますっ!」


司書室内は、さながら戦場のようだった。
GarageBandからiTunesにMP3で出力。
制作者情報を隣の娘に入力させて、エンコードの間に申し込みのフォームに各種原稿をコピー。
出力したMP3を添付して送信。


「終わったぁー!!」


4人の歓声。すかさず先生が「しーっ!」と言う。


「ああ、疲れた・・・」


あたしはソファーにひっくり返った。







「どうも有り難うございました」
「ちゃんとクレジットの技術協力の欄に名前入れてね。あと、あたしが作ったんだから成功させて」
「はい!」


まだ小躍りが止まない4人に声をかけて、MP3をCDに焼いておく。後日、封筒で送るらしい。
そう言えばCD,DVD系のメディアにデータを入れることを普通は「焼く」というのだろうか。それとも「書き込む」と言うのだろうか。あたしは焼くって言うけど。


「有り難うございましたー!」


こうして騒がしい一団は去っていった。嗚呼、静かなり。


「でも私としては、間に合わないで悲嘆に暮れる姿が見てみたかったね」
「うわ、昨日の先生と同じ事言ってるっ」


小西がぽつりというと、


「私もー」
「そうそう」
「え、針ヶ谷さんと浦辺さんも?!ってか、ゆうじろう返して!」
「やだ」


どうやらみなさん、リアルなorzが見てみたかったご様子。まあ、人の不幸は密の味とはよく言ったものね・・・


「でも天ちゃんが噛んでるから、妨害工作かけるの止めにしたんだよ。予想外に早く終わっちゃったしね」
「目標の3分前にアラームかけておいて、『あー、もうあと3分しかない!!』とかって言うつもりで居たんだけどね。3人とも」
「うわぁ」
「でも良かったですね。時間内に終わって」
「これで多少はあたしの名前が売れたでしょう」
「ボランティアで働いてくれるエンジニアとして?」
「違うっ!普通のPCエンジニアとして!MacはPCじゃないけど!これでもシスアド資格持ってるんだからね!」
「何それ?」
「・・・もういいわ」


Macの電源を落としながら、浦辺さんとゆうじろうの取り合いをする。激戦の末にゆうじろうの奪取に成功した。


「あーあ、ゆうじろうあんなに引っ張られて、痛かっただろうなー」
「うぐっ」


心に5、6本いっぺんに矢が刺さった錯覚にとらわれながらも、ゆうじろうをMacBookの前に置く。


「企業戦士ゆうじろう」
「ぶっ」


突然の針ヶ谷さんの台詞に吹き出すあたし。
そうか、ゆうじろう。キミは定年まで日夜戦い続けていたんだな、会社のために。何処の会社だ。


「それじゃ、いつものお約束・・・っと」


パチリと一枚。撮り終わった瞬間めがけて浦辺さんがゆうじろうを拉致していった。


「ああっ、ゆうじろうっ!」
「可愛そうにゆうじろう。無理矢理写真のモデルにされて・・・」
「無理矢理じゃないもん!」


やっぱりあたしはイジられる役のようだ。
まあ、これもこれで・・・悪くはないかな?


後日、ちゃんと作業のお礼はもらった。チーズケーキおいしかった。