今日のゆうじろうSS

kagiya2008-01-27


「明けましておめでとうございまーす」
「あ、おめでとうございますー」
「年賀状、届きました?」
「あ、はい。ちゃんと届きましたよー」


年明け初めての図書館。登校日には人が集まる場所、司書室。


「天ちゃん、あけおめ」
「おっす」
「んー、おめでとー」


小西と松田は登校日でない限り学校に来ないから、顔を合わせるのも久しぶりだ。


「おめでとー」
「あけおめー」
「あけおめっ」


針ヶ谷さんは時々来ていた。王さんも、針ヶ谷さんよりか出現率は低かったが遭遇した。


「明けましておめでとうございます」
「こちらこそ、本年もよろしくお願い申しあげます」


森さんも、休みの間は顔を合わせていない。
久々に大人数が司書室にそろった。
そして、


「ゆうじろうもよろしくねっ!!」


やっぱりゆうじろう。
いつの間にか右前足の綿が減っていた。お腹側に移動してしまったようだ。
ゴニョゴニョと綿を動かしながら、空いていた椅子に座る。お尻が冷たい。


「じゃあ人数多くなったし大貧民するか」
「いいね」
「やる人」
「はい」
「はい」
「ん」
「はーい」
「あ、じゃあやろうかな」
「森さんは?やろうよ」
「遠慮しておく」


大貧民というのは、地域によっては大富豪とも呼ばれるトランプゲームだ。詳しいことは目の前の便利な箱に聞いて欲しい。
ここでは定番ゲームで、小西が持参したトランプが司書室に置いてある。
小西が言い出すと、森さんと先生以外が手を挙げた。
森さんは大体こういうのに参加しない。たまにでも参加したら面白いと思うんだけど・・・
先生は一応勤務中だ。仕事サボって生徒とトランプに興じるわけにも行くまい。


「先生もやりません?」
「いえいえ、私はお仕事がありますから」
「大人数の方が楽しいですよー」
「やりたいのは山々なんですけどね、そういうの始めると止まんなくなっちゃうんですよ。ほら、仕事中ですし」


果敢にも山札を切りながら小西が声をかけ、あっけなく拒否された。そりゃそうでしょう。
でも先生のトランプしてるところも見てみたいかも。きっと目をマジな目にして戦うんだろうなぁ、という予想。希にパチンコとかするって言ってたし。
小西が手札を配り終えると、各々が札を見て


「えー」


とか


「うーん」


とか


「よっしゃ!」


とか声を上げる。
手札を見やすいように並べ変え、ノリで順番が決まるとゲームスタートだ。
あたしの手札は弱いのが固まっていた。3とか4とか。
革命は出来ないが、階段を作れる組み合わせならある。誰かが革命を起こしたら、便乗して富豪辺りの地位を狙う作戦にした。そこ、チキンとか言わない。









「なんかスゴい理不尽な感じするんだけど」
「時々あるって、そういうこと」
大貧民始めた頃の針ヶ谷さんに比べれば手札減ってるって」
「慰めになってないじゃない!」


結果、革命は一度も起こらず、見事に最後まで残ってしまった。
王さんと小西が慰めの言葉をかけてくれるが、ちっとも慰めになってない。話に出てきた針ヶ谷さんは机に突っ伏している。
大貧民を始めたばかりの針ヶ谷さんは、手札を2、3枚減らすのが精一杯というほどだったのだ。


「世の中って非情だね、ゆうじろう」


顔の高さに持ち上げたゆうじろうにグチるあたし。


「天ちゃん、早く次配ってくれない?」


松田の声。世の中って非情だ。
ブツクサ文句を言いながらも、捨てられた札をかき集めシャッフルする。大貧民の位になってしまったプレーヤーが札を配るというローカルルールがあるのだ。


「!」


配り終えて自分の分の手札を見るとジョーカーが2枚!!
ジョーカーは革命フラグが立ってようと無かろうと最強なので、これさえあれば勝ちが狙える。


「天ちゃん、天ちゃん」
「ん?」
「カード交換」
「あ」


前回の試合で大貧民になった人は、同じく大富豪になった人に2枚、手札の中で一番強いカードを譲らなくてはならない。大富豪は何でも良いから2枚を大貧民に。
こうしてあたしが勝ちを狙える機会は失われたのでした まる







「そろそろ私抜ける」
「じゃ俺も」
「じゃぁ私もー」
「お開きね・・・」
「まあまあ。最後まで大貧民とか良くあることだし」
「そうは言っても・・・」


はい、結局最後まで負け通しでした。
流石に4戦連敗はこたえる。一度くらい勝ったって良いだろぅ。


「じゃあ帰りますね」
「はい、お気をつけて」


先生に挨拶。森さんと王さん以外が腰を上げる。
森さんはまだ辞書に読みふけっている最中で、王さんはこれから勉強していくそうだ。この雰囲気に飲まれず我を正しい方向で通せるのは相当偉いと思う。あたしは飲まれてるけど。


「ゆうじろうもまたね!」
「何て言うか」
「好きだねゆうじろう」
「実は天ヶ崎さんがゆうじろうのお母さんだったりして」
「何その根も葉もない裏設定」
「案外外れてなかったりしてね」


ゆうじろうはぬいぐるみで。あたしは女の子で。
どちらにしてもイジられてる事に変わりがないという事か。むむぅ。


時々考えることがある。ゆうじろう達ぬいぐるみから見たあたし達は、一体どんな風にゆうじろう達の目に写っているのだろうか。
まあそのまんま写ってるでしょう(物理、光学的な意味で)。
あたしから見たゆうじろうは、さながら殺伐とした現代に現れた救世主・・・って、ようかんマンじゃ無いでしょ。でもその表現であながち間違ってない。有り体な言葉で言っちゃうと『荒野に咲く一輪の花のよう』。
言うとバカにされそうだけど、あたしはゆうじろうに好かれていたい。そりゃもう、荒野で見つけた一輪の花に水をやり、肥料を与え、株を増やし、荒野を荒野でなくしてしまうくらいに好かれていたい。ワガママだよね。
でも誰かにそうやって好かれていたい、と思うのが人間の心理なんだろうか、なんて考えてみたり。


「天ちゃん、信号」
「へ?」


目の前を車が通り過ぎていった。考えごとに夢中で信号機が見えていなかったらしい。
あ、危ねぇ!


「さっきからボーっとしてたけど大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫。熱は無いよ」
「どうせゆうじろうか、時々一緒にいるあの小さい娘の事でも考えてたんじゃねーの?」
「あれ?!天ヶ崎さん浮気?!」
「ち、ちがっ、そんなんじゃないって!ほら!信号青になったし行くよ!」
「あっやしぃー」
「やっぱり天ちゃんってレズ・・・」
「はいそこそれ以上を口にしない!」
「てことはやっぱり・・・」
「針ヶ谷さんも気をつけてね。いつ天ちゃんに襲われるか分からないから」
「何よ、人を強姦魔みたいに!」


やっぱりいじられる立場にあるのは、ゆうじろうと変わらないらしい。
でもこういう日常が・・・ね。