とある二人の恋愛事情(ジェラシーズ)

「もし佐天さんが美琴とバトルしたらどうなるんだろう」
「そう言えば美琴視点の物語って書いた事無いなぁ」
「初春×美琴を書いてみたい」
「いやでもやっぱり佐天×初春も・・・」


そんな願望全部詰め込んだら出来上がったものです。
百合属性を含みますので、苦手な方は閲覧を控えてください。




では、どうぞ。


私は、恋をしてしまったらしい。


相手は以前から喧嘩をふっかけてははぐらかされて来た高校生のあいつではない。
気がつくと、その人のことを目で追いかけてしまう。
気がつくと、その人のことで頭がいっぱいになってしまう。
その人と会う時はほとんど必ず他に二人が側に居るのに、いつの間にかその人しか視界に入っていない。


「初めて会った時から気になってはいたんだけどね・・・」
「は、はぁ・・・」





その人の名前は


初春飾利さん。




「なんか、あの声とかね、飴玉転がすみたいで可愛くて・・・」
「まあ、なんとなく分かりますけど・・・」
「なんか緑色の服とか、クローバーとか似合いそうだよね! あ、初春さん御菓子作ったりとかするのかなぁ・・・」
「さ、さあ、あたしは初春がおかし作りしてるところ見たことないんで何とも・・・」


よく行くファミレスで、私は親友の一人に相談に乗ってもらっている。
相談相手は佐天涙子さん。初春さんの友達で、私とは初春さん経由で知り合った。
私が知っている人の中で初春さんのことをよく知っているのは、寮で同室の黒子か、初春さんの同級生である佐天さん。
最初は、同性を好きだということで黒子に相談しようかとも思ったのだが、何を言われるのかわかったものじゃない、いや、わかりきっているから止めた。もの凄く反対したあげく、初春さんへの風当たりが強くなりそうだから。
そこで風紀委員の二人が仕事に行っている間に、佐天さんにお願いしたのだ。
『恋の悩みを聞いて欲しい』と。


流石に佐天さんも、同性に対する恋の話が、黒子のアタックに辟易している私の口から飛び出してくるとは思っていなかったのだろう。面食らった表情を顔に張り付かせたまま、先ほどから曖昧な返事をしている。


「ご、ごめんね、突然こんな相談に乗って、なんて・・・やっぱりイキナリすぎたよね」
「あ、いえ、そういうんじゃなくて・・・あたしも気持ちはわからなくないですし・・・で、でも、初春もモテモテだなぁ〜」


どうやら同性愛のことで引かれた訳ではないらしい。内心で胸を撫で下ろす。
佐天さんはしばらく黙っていた後、なんだか俯き加減でつぶやいた。


「・・・他にも初春のこと好きな人がいるんだ・・・」
「えっ、初春さん、もう恋人いるの?!」
「え? い、いえ違いますよ! ・・・御坂さんの他にも、初春のこと好きな人居るんだなぁ、って思って・・・」
「あ、そ、そうなんだ」


一瞬慌ててしまったことを隠すように、紅茶を飲む。
平静を装ったつもりだったが、動揺は隠しきれなかった。口に運んだティーカップの中で、紅茶が波紋を作っている。


「でもそういう意味では、今はフリーですよ。初春」
「そっか、フリーなんだ・・・『初春さんのことを好きな人』かぁ。多分私の知り合いではないだろうし・・・あ、じゃあ、佐天さんは、その人の事を初春さんがどう思ってるか知ってる?」
「あー、それは・・・ちょっとわからないですね・・・好意はあるみたいですけど」
「そう、なんだ・・・あ、ありがとうね佐天さん。いきなりこんな相談に付き合ってもらっちゃって」
「え、いやいや、別に構いませんよ。それに!」
「それに?」
「『こんな』じゃないですよ。別に女の子が女の子を好きになったって、なんらおかしなところなんて見当たらないじゃないですか。好きになった人がたまたま女の子だった、ってだけの話ですよ」


腕を組んで、佐天さんは自分の言葉に頷きながらこう言った。
私は、良い友達に恵まれたようだ。


「ありがとう、佐天さん」






「ありがとう、佐天さん」


全然屈託のない笑顔で御坂さんにそう言われたとき、あたしは何て返事したら良いのかわからなかった。


あたしは初春が好きだ。


御坂さんと知り合う、ずっと前から。
超能力に憧れてこの学園都市に来たのに全く能力が発現しないあたしが、どうしてドロップアウトせずにここに居続けるか。それは毎日が楽しいから。
クラスメイトたちとおしゃべりしたり、授業中に空を眺めてみたり。そして、恋をして、その相手と買い物に行ったり、料理をしたりしているから。まるで自分がドラマや何かの主人公のようだと感じられるから、だからあたしは学園都市に居る。
それがあたしの心の拠り所だったのに。
あたしの好きな人を好きな人が現れた。
しかも、学園都市の第3位。超能力者(レベル5)。常盤台中学のお嬢様。
あたしの手の届かないところに居る人が、あたしの好きな人を狙っている。
自分が主人公だと思える要素が、目の前でなくなってしまうかも知れない。
そんな嫌な予感のせいで、御坂さんには曖昧な返事しかしてなかった。
ありがとう、なんて言われたとき、あたしはどんな顔をしていたんだろう。
そんなことを考えながら、あたしは御坂さんと別れて帰路についた。




それから一週間。あたしは、御坂さんに勝てる要素探しで頭がいっぱいだった。


「料理は・・・常盤台の授業とかですごいもの作ってそうだしなぁ・・・噂じゃ家庭科で食器の直し方やったりするらしいし・・・うーん、何だったら行けるんだろう・・・」
「何が行けるんですか?」
「えー、御坂さんにあたしが勝てるとしたらなんだろうなぁ、って思って・・・って初春?!」
「もうホームルーム終わっちゃいましたよ。なんだか佐天さんずっとボーッとしてたから、こうして話しかけてるんですけど・・・御坂さんと対決したりとかするんですか?」
「いや、別に対決って訳じゃないんだけど・・・ほら、御坂さんって色々すごいじゃん? 無能力者(レベル0)のあたしが御坂さんに勝てる事って何なんだろう、って思っちゃってさー」
「うーん、そうですねぇ。佐天さんの方が強い事・・・あ、噂話を集めてくる、なんていうのはどうですか? 佐天さん、私でも知らないような都市伝説のお話、沢山仕入れてくるじゃないですか」
「ま、まあ確かにそういう噂には敏感だけど・・・他に、何か他には無い?」
「他ですか・・・お金を探すのが上手いですよね。この前、私が部屋で無くした5円玉、佐天さんあっという間に見つけちゃったじゃないですか」
「うーん、金目のものにも鼻がきくけど・・・何て言うんだろう。そう言うんじゃなくて・・・もっと絶対的なもの、って言うか・・・」
「なんだか条件厳しいですねぇ。でもそうなると、佐天さんの方が長く続けているものとか・・・あ」
「何? 何かあった?!」
「あー、手前味噌で恐縮なんですけど・・・」
「言ってみ、言ってみ」
「佐天さんの方が、私といた時間が長い、とかじゃ駄目ですかね」
「それだぁ!!!」


大声出して立ち上がったあたしに初春が引いていたのは、また別の事。
初春が出してくれた答えは、確かにあたしの中で、御坂さんに負けない絶対の強さを誇っていた。流石に御坂さんでも、時間ばっかりは覆せまい。
そのまま校門前で風紀委員に行く初春と分かれてからも、あたしは優越感と幸福感に浸っていた。
御坂さんから電話で呼び出しを受け、前と同じファミレスに向かい、御坂さんがおごってくれるからというのでジャンボパフェを注文し、真っ赤な顔で紡がれたあの言葉を聞くまでは。


「私ね、う、初春さんに告白しようと思うの」





「私ね、う、初春さんに告白しようと思うの」


初春さんに告白した訳でもないのに、背中に緊張が走った。冷たい粒が転がっていくのがわかる。
ここ一週間。佐天さんに胸の内を聞いてもらってからずっと考えていた。
私の初春さんに対しての想い。
考えれば考えるほどに想いは募り、(黒子が言うにはつつましすぎる)胸は張り裂けそうだった。
私みたいな、常に前に進んでないと気が済まないタイプの人間にとって、こういう膠着状態は辛い。
相手が自分の心を知らなければずっと甘い恋をして居られる、なんて事はよく言われるが、こういう煮え切らないのには耐えられないのだ。
ならばどうするか。
答えは簡単。初春さんに私の心を伝えて、初春さんの返事を聞けばいい。
初春さんがオッケーしてくれれば万事丸く収まるし、もし駄目でも、流石に友達をやめて欲しいなんて事は言われないだろう。それにきっぱり断ってくれたら、私だってすっぱり手を引ける。
だから、告白。
緊張のためか、しばらく時間が止まったような感覚があった後、佐天さんが遠慮気味に口を開いた。


「い、良いんじゃないですか? そ、その、初春の気持ちを確かめる、て言うのも・・・」
「そ、そうよね! 気持ちを確かめるって感じで・・・」


佐天さんにとって、あまりに意外だったのだろうか。なんだか信じられない、というような顔をしている。
それでも肯定ととれるその言葉が、私にとってはありがたかった。


「えと、それで、初春さんがいつ暇なのか、とか知ってたりしない、かな」
「え、いや、あたしも初春の用事全部知ってる訳じゃないんで、流石に・・・」
「そ、そうよね、ハハハ・・・」
「アハハ・・・」


流石にここまで知ろうとするのは虫がよすぎるか・・・
でももう一つ、目の前の人には頼みたい事がある。


「あー、でさ、流石に同性に告白するのって、なんか気恥ずかしいというか、不安というか、ほら、言いづらいところがあるじゃない?」
「ええ、まあ、わかりますけど・・・」
「で、物は相談なんだけど、佐天さん。初春さんに告白するとき、立ち会ってくれないかな?」


水を飲んでいた佐天さんがいきなり吹き出した。


「だ、大丈夫?!」
「ごほっ、ごほっ・・・だ、大丈夫です、ちょっと咽せただけで・・・いや、そういうこと頼まれると思ってなかったんで・・・あー」


佐天さんは大きく息をすると、がっくりとうなだれた。


「ゴメンね、ホント大丈夫?」
「もう平気です。いや、あんまりに御坂さんらしくないお願いだな、と思ってビックリしただけですし」
「私らしく、ない?」
「そうですよ。白井さん曰く『厄介ごとに自分から首突っ込む』そうですし、あたしの目の前でレールガン使って銀行強盗吹っ飛ばすとか、虚空爆破(グラビトン)事件の犯人捕まえて来ちゃうくらい、攻撃的というか、積極的というか・・・そんな御坂さんが『告白に立ち会ってくれ』なんて、ここまで気弱な御坂さん、初めて見ました」
「そ、そっか・・・気弱、かなぁ」
「あ、でも、御坂さんもあたしと同じ女の子なんだってちょっと安心しましたけど。ほら、なんだか御坂さんって『特別な人』ってイメージありますから」


佐天さんに言われた事は、結構意外だった。
確かに私は、レベルは5だし、名門と言われる常盤台中学に通っているし、浮世離れはしているかも知れない。でも私だって女の子で、おしゃれに気を使ったり、可愛いものが好きだったり、恋だってしたりする。
自分は普通でいるつもりでも、やっぱり端から見れば普通じゃないのか・・・
でも、とも思う。
その普通じゃないところが私の強みなのだとしたら、それこそ、その道を貫き通した方が良いのかも。


「そうね・・・ありがとう、佐天さん。励ましてくれて」
「えっ、ハハ、別に良いですって。大した事してないですし」


その後、用事があるのを思い出したと言って佐天さんは帰ってしまった。
でも、佐天さんのおかげで勇気がわいた。一人で正々堂々告白しよう。『私の他に初春さんの事が好きな人』より先に。
やっと運ばれて来たジャンボパフェを佐天さんの代わりに食べながら、まだ顔も知らぬライバルに先んずるべく、告白の日時を考えていた。


「明日、なんてどうかなぁ・・・」





「明日、なんてどうかなぁ・・・」


ファミレスを出たばかりの私に、ガラス越しの御坂さんの声が聞こえた気がした。
それと同時に、御坂さんに言った一連の言葉を反芻して、後悔する。
なんで、あんな励ますような事言っちゃったんだろう・・・
ここに来るまでの間の優越感が、あたしの余裕になっていたからかも知れない。その余裕も、御坂さんの「励ましてくれてありがとう」の一言でだいぶなくなってしまったが。
御坂さんの事だから、このままでは明日にでも初春に告白しかねない。
どうするか。
どうしよう・・・
蘇る、初春の言葉。


「佐天さんの方が、私といた時間が長い、とかじゃ駄目ですかね」


御坂さんよりあたしの方に好感を持っている、という言葉ともとれる。
でも、裏返せばその好感が当たり前になっていて、友達としてしか見ていない、というようにも解釈できてしまう。
そう思ったとたん、あたしにとっての錦の御旗であったはずの初春の言葉が、唐突に色を失った。


どうしよう・・・






翌日。学校の門をくぐったところで初春を見つけた。よぅし、ここは景気づけに一つ・・・


「うーいっはるぅー!!」
「ぅひゃあぁ!」
「おー、今日はピンクのしましまかぁ。相変わらず子供っぽいけど、そういうところも好きだよ、初春♪」
「やー! なんて事するんですか、佐天さん! 何で毎回毎回私のスカート捲るんですかぁ!!」
「え、そりゃだって、う、初春だし?」
「理由になってませんよ!」
「だ、だって初春の事、好きなんだもん・・・」
「好きなら好きで、なんでその人のスカート捲るんですか!」


いつものように目尻に涙を浮かべながら、初春は早足で去ってしまった。
はあ、冗談にかまけて言ってみたところで、やっぱり伝わらないのかなぁ・・・
ストレートに言ってみれば良いのに、あたしの意気地なし・・・
朝の事を後悔しながら放課後、初春を買い物に誘う。


「ねえ初春、セブンスミストに買い物に行かない? そろそろ水着の季節だしさ、どの水着が似合うか選んで欲しいんだけど」
「あ、ごめんなさい。御坂さんから呼び出しがあったんですよ。何か事件かもしれないですから、ちょっとそっちに行ってきます。風紀委員として、そういうの放っておけないですからね」
「えっ」


とうとう来た。来てしまった。
信じられない、信じたくない瞬間。


「そ、そっか。じゃあ御坂さんによろしくね」
「あれ、佐天さんも誘おうと思ってたんですけど・・・一人で水着見てもあんまり面白くないじゃないですか。一緒に行きません?」
「いやぁ、どっちにしろ食料の買出しには行かなきゃいけないからさ」
「それじゃあ仕方ないですね・・・じゃあ、佐天さん、また明日」
「う、うん。じゃーねー」


教室の外へ出て行く初春を見送って、あたしは歩き出した。初春の後を。
もちろん、御坂さんの告白の顛末を知るためだ。
一定の間隔を空けて、初春に気づかれないように後をつける。あんまり初春が気づいたそぶりを見せないから、風紀委員としてこれで大丈夫なんだろうかと多少不安になったりもしたが、そんな些細な考えはすぐに頭の片隅に追いやられてしまった。
御坂さんは初春に告白するんだろうか。
何所で? これから? それともちょっと買い物とかしてから? 一緒に甘いもの食べながら? 初春に似合いそうな、今のよりもっと凄い花飾り用意してたりして・・・? で、気をよくした初春に「私と付き合わない?」とか聞いたりするのかな・・・?
あたしの頭の中で御坂さんの告白に初春がyesの返事を返しかける光景を、慌てて振り払う。
弱気になっちゃダメ!
初春と一緒になるのはあたしなんだから・・・!
そうこうしているうちに、初春は大きな公園へと入っていった。噴水があって、それを取り囲むようにベンチがいくつか配置されている。何人かが腰を下ろして、午後の一時をくつろいでいた。
初春はベンチのうちの一つに座って、辺りを見回している。どうやら御坂さんとはここで待ち合わせていて、呼び出した当人はまだ来ていないようだ。あたしにはそっちの方が都合が良い。初春は尾行に気づかないかもしれないが、御坂さんなら気づいてしまうかもしれない。これなら御坂さんが来る前に、話が聞こえて、かつあちらから見えない場所を探しておける。
大きな公園なら入り口はいくつかある。別の入り口から入ったあたしは、初春が座ったベンチから死角になる位置にあるベンチに腰を下ろして、顔を俯かせるためにノートを膝の上に広げた。
ほどなくして、御坂さんがやってきた。
噴水の音が邪魔して良くは聞こえないが、会話の内容ならつかめる。


「ごめん、待・・・・・・ちゃった?」





「ごめん、待たせちゃった?」


待ち合わせの時間5分前。約束の場所に来ると、すでに初春さんが待っていた。
遅れた私が悪いのに、初春さんは花のような笑顔を綻ばせる。


「いいえ、私もさっき来たところですから。ところで御坂さん、用事っていうのは・・・」
「あ、うん、これから話すね。・・・その前にちょっと念押しするけど、良い?」
「ね、念押しするほどすごい情報掴んで来たんですか?!」
「いや、別に何かのタレコミって訳じゃ無いんだけど・・・初春さんにとって多少なりともショッキングなことかもしれないから、あんまりびっくりしないで、ってくらい」
「い、一体どんなお話なんですか・・・」


初春さんの不安そうな顔をよそに、私の心臓は早鐘を打っていた。
さあ、言うのよ私! これでどっちに転んでも決着がつくんだから!
大きく息を吸って、吐く。そして初春さんに向き直る。


「あ、あのね。最近、空が羨ましいんだ」
「へ? 空、ですか?」


初春さんが拍子抜けしたような顔をした。構わず、私は言葉を続ける。


「そう。暖かい日射しで、花を元気にする。それで代わりと言っちゃあれだけど、きれいに育つ花を毎日見せてもらうの。私、あなたの空に、太陽になりたいの」
「えっ」
「毎日花を愛でたい、貴女と一緒にいたい」


初春さんの手を取る。初春さんは何も言わなかった。


「初春さん、付き合ってください」


言い切った後、緊張のせいで目をきつく瞑ってしまった。
手からは心臓の鼓動が伝わってしまうかもしれない。
ほとんど何も考えられずに、私にとっては永遠にも等しい時間が流れる。


「良い、ですよ」


初春さんの声がする・・・返事は、どうなんだろう。


「お付合いしましょう、御坂さん」


目を見開く。唐突に明るくなった目の前には、照れくさそうに微笑む初春さん。


「御坂さんの太陽、あったかいですから。時々、ちょっと暑すぎるくらいですけど」


何て言ったら良いんだろう、この感じ。
いや、言葉でなんか言い表せない。感無量なんて言葉じゃ全然足りない。
でも、それを初春さんに向けるとしたら。言うべきことは、ただ一つだった。


「ありがとう、初春さん!!!」




「ありがとう、初春さん!!!」


目の前が真っ暗になったような気がした。
力の抜けた手から、ノートが地に落ちる。その音で我に帰ったあたしは、慌ててノートを拾い、荷物もいい加減にまとめて公園から走り去った。
これ以上聞いていたくない。
見ていたくない!
信じたくない!!
そうだ、きっとこれは夢なんだ。悪い夢なんだから。目が覚めたら全部元通りで、またいつも通りの日々が始まるんだ。
そう思った途端、何も無い所で躓いて転んだ。
口の開いたバッグから、ペンケースや小物が転がり出る。
立ち上がると、膝を擦りむいていた。


「痛い・・・」


足元に水滴が落ちて来た。雨かと思って空を見上げると、そこに雲はなく、忌々しいほどに太陽が自分の存在を自己主張していた。
頬を冷たい粒が伝う。
散らかした物をカバンに戻して、あたしはフラフラと家に向かって歩いていた。途中、どうやって帰って来たのかは覚えていない。
扉を開けてまず思ったのが、同居人が居なくて良かった、だった。
バッグを適当に放り投げて、転んで汚れた制服を脱ぎ散らかす。
あたしはそのままベッドに倒れこんだ。
何も考えたく無いのに、頭は勝手に思考を紡ぐ。
初春が手の届かないところに行ってしまった。
御坂さんに、取られてしまった。
あたしが背伸びしたって、逆立ちしたって届かない。そんな雲の上の存在は、あたしにできないことをやってのけて、あたしの欲しい物も全部持って行ってしまう。
なるほど、確かに御坂さんって太陽ですよね・・・底辺に立ってるだけのあたしじゃ、その高みを見上げる事しかできないですから・・・
気がつくと、呻くような鳴き声が部屋中を飛び回り、布団が涙でぐしょ濡れになっていた。
虚しかった。あたしの学園都市における存在意義がなくなった気がして。
悔しかった。あたしは御坂さんのいる高みにはたどり着けない。
腹立たしかった。御坂さんが告白する時期がわかっていながら、ほとんど何の対策も打たなかった自分が。
憎かった。無力な自分と、愛しの人を奪った御坂さんが。
一発頬を叩いて、ネガティブな考えを追い払う。
窓の外は、すでにオレンジ色に変わりかけていた。明日も学校だ。元気のない顔を初春に見せて心配させたりしたら、それこそ罪だ。初春は優しいから、きっと過剰なくらいに心配してくれるだろう。
気分転換しよう。そう思って、音楽プレーヤーにもなっている携帯を、脱ぎ散らかしたスカートのポケットから取り出す。部屋着に着替えながらプレイリストを眺める。
その途端に思い出される、初春に向けたあたしの言葉。


「ほら、これ聞いて元気出しなよ!」


そうだ、このプレイリストは初春が聴きたがってた曲ばっかり集めた・・・
いつの間にか画面に水滴が落ちていた。


「アハハッ、これじゃ気分転換にならないじゃん・・・」


自嘲気味に乾いた笑いが口から出る。
新しい曲を入れよう。
パソコンを立ち上げて、音楽の販売サイトにアクセス。しばらくブラウジングしていたが、目ぼしい曲は見つからない。今欲しいのは失恋に沈む心を立ち直らせてくれるような曲だと言うのに、ヒットチャートにある曲は恋の歌ばかりだ。


「現実ってのは、こういう風にできちゃってるのかねぇ・・・」


呟いて、マウスの上に顎を乗せる。ホイールがぐるりと回って、意図しないところへとページがスクロールされていく。


「・・・あれ?」


普通ならリンクなんて無さそうなところで、カーソルが人差し指を伸ばしていた。
隠しページ・・・?
そのページで目にしたものに、あたしは目を丸くした。


LeveL UppeR



都市伝説の中に時々出て来る、人の能力のレベルを向上させるアイテム。それと同じ名前のものが、目の前に転がっている。
気がつくと、その曲名はプレーヤーの画面に映っていた。
いつの間にプレイヤーに曲を転送したのか。夢にまでみた、あたしを能力者にしてくれるかもしれないアイテムを再生する準備は全て整っていた。曲名に触れようとして、一抹の不安がその手を止める。


「使っても、良い、のかな」


呟いた声が震えていた。
能力開発のカリキュラムは、きちんと実験もされて安全が確かめられている。こんな眉唾な音源で、本当に安全なのか、能力のレベルは上がるのか、無能力者の自分は能力を手にできるのか。
以前レベルアッパーについて調べたところでは、確かにレベルは上がるらしく、副作用があったという話は聞かない。
偽物だとして、音源を聴いたっておかしなことが起きるとも思えない。せいぜい、聴いた人をバカにするような音が入っていることだろう。
でも、もし、もし本当に噂どおりレベルが上がるとしたら? 無能力者の自分も能力が使えるようになるとしたら・・・?


「いや、でも何の努力も無しにレベル上げるなんて嘘っぽいし、なんか、楽して能力手に入れようなんて褒められた事じゃないし・・・それに、無能力者でもあたしは毎日楽しければそれでオッケー! ・・・」


自分の言葉に、はたと疑問を抱く。


これからの毎日は楽しいの?
御坂さんに初春をとられて、
何も知らない初春がいつも通り話しかけてくれて、
胸の奥がズキズキするのを隠して、
作った笑顔を顔に張り付けて、


毎日、楽しい?


曲名に指を乗せる。
丁度夕日が沈んで、部屋の中が暗くなった。





「最近お姉様の様子がおかしいんですの。初春、何か心当たりはありません?」
「様子がおかしいって・・・具体的にはどういう風にですか?」
「寮の部屋にいるとき、むやみやたらに機嫌がよろしいんですの。昨日なんて、『明日出かけるから』と言って寝る直前までずっとニコニコし通しでしたのよ。時々思い出したようにクスクス笑っては嬉しそうに、さぞかし嬉しそうにしていましたし・・・わたくしの愛情表現にもいつものような電撃がなくて、黒子はすっかり不安になってしまいましたの・・・時々聞く、『超電磁砲のクローンが軍用に量産されている』という噂のクローンなのかと思ってしまうくらいにおかしいんですのよ?」
「確かに、白井さんに向けての電撃がないというのは不思議ですねぇ。で、なんで私に心当たりがあるか聞くんですか?」
「起きているときのお姉様があまりに不審だったので、お姉様が寝静まった後もお姉様のことをずっと監視していましたら、」
「うわぁ・・・」
「時々寝言で『初春さん』と聞こえなくもない言葉が何回か聞こえましたの。そこで初春が何か知っていないか、訪ねているのですわ」
「あー、そういわれると心当たりが無い訳ではないんですけれど・・・」
「詳しく教えてくださいまして?」
「え、いや、言うと私の身の安全が保証できなさそうなので、ちょっと・・・」
「大丈夫でしてよ、初春。このわたくし、白井黒子の名にかけて初春の身の安全は保証してみせますの! そう、例え相手が超能力者であろうとも・・・」
「じゃあ言いますけど・・・ホントに保証してくださいね? 私、御坂さんとおつきあいすることになったんですよ」
「・・・え?」
「私、御坂さんと恋人としておつきあいすることになったんです」
「ういはる・・・」
「キャー! だから言いたくなかったんです! 金属矢構えないでください! 白井さん、名前までかけて私の身の安全を保証するって言ったじゃないですかぁ?!」
「恋敵が排除できるなら名前の一つや二つは安いものですのよフフフフフフ」
「ひいぃ、目がマジですっ! ふ、二日前に御坂さんに告白されたんですよ、つきあって欲しいって!」
「へ? ・・・お姉様が?」
「はい、突然。『初春さんが花だったら、私は太陽になって毎日花を見ていたい』って。いくら相手が女の子でも、そんなこと言われちゃったら、やっぱりクラっときちゃいますよねぇ。多少、白井さんの気持ちがわかっちゃいました」
「・・・」
「白井さん? なんだか白くなってきてませんか? ・・・おーい、白井さーん! おーい! このままじゃ白井白子さんになっちゃいますよー!」
「はっ、い、今わたくしどうなってました?」
「口を半開きにしたまま真っ白になって突っ立ってました」
「そうでしたか・・・そこまでショックだったんですのね・・・」
「ああ、自分がどれだけショックを受けていたのかわからなくなるくらいショックだったんですね」
「いかなる理由があろうとも、お姉様は初春をお選びになったんですのね・・・このわたくしではなく・・・・・・初春!」
「は、はいぃ!」
「黒子は、黒子はお姉様の幸せを第一に考えておりますの! 絶対にお姉様を幸せにしてくださいまし!!」
「は、はぁ・・・」




朝から鼻歌が止まらない。
このままでは、私とシャツがお揃いだと騒いでいた黒子とほとんど変わらない、ということはわかりつつも、やはり嬉しいのだ。
初春さんとつきあい始めて三日目の今日、初春さんは風紀委員が非番。天気は晴れ。行き先は未定。目的は明確。


「初春さんとの初デートかぁ・・・」


何度目かわからない喜びの溜息をつく。
勝手に頬が緩んでしまう。どうにも締まりのない顔をしていることだろう。
クレープ食べに行って、一緒に服選びに行って・・・そろそろ夏休みも近くなって来たから水着を選ぶのが良いかなぁ。初春さんと水着を選びっこして、似合う似合わないで色々言い合って、で、それからそれから・・・
幸せ色の私の想像は、しかしなぜか風紀委員の腕章をつけて黒子と一緒に待ち合わせ場所に現れた、初春さんの一言で消し飛んでしまった。


「佐天さんが行方不明なんです!」


泣き出しそうな顔でそう言う初春さんの後を、黒子が続ける。


「昨日の夕方頃、柵川中学の教員から捜索願いが出されましたの。警備員(アンチスキル)も人員を割いて、現在佐天さんを捜索中です」
「一昨日も昨日も学校に来てなくて、ずっと携帯も留守番電話で、それで心配になって佐天さんの家に行ってみたら誰も居なくて、今朝大圄先生に聞いたら『佐天の声で病欠の電話が来てる』って・・・おかしいじゃないですか、家には誰も居ないのに欠席の連絡が来てるなんて!」
「ひょっとして、佐天さん、自分で行方を晦ましたってこと?」
「その可能性もありますわ。しかし、それにしては奇妙なんですの。監視衛星以外のカメラを初春が調べたところ、監視カメラ網にそれらしい人影が映っていなくて・・・何者かが意図的に佐天さんを誘拐した、ということも考えられますわ」
「脅して連絡させてる、と、そういう可能生もあるわけね。衛星は警備員権限がないと見られないから、そっちの方は連絡待ちか・・・」
「うう、佐天さん・・・」


とうとう初春さんが泣き出してしまった。
携帯の電話帳を呼び出して、佐天さんの電話にダイヤルする。携帯が圏外にあるか電源が切れている旨を伝えるメッセージが流れた後、電話会社の留守番電話サービスに接続された。


「やっぱり出ないわね・・・」
「風紀委員は家出として、警備員は誘拐の疑いありとして捜査しています。・・・ただの事件の程度による管轄の問題ですけれども」
「佐天さん、何か事件に巻き込まれてないと良いんですけど・・・」


なおも涙を流す初春さん。
いたたまれなくなって、私は初春さんを正面からそっと抱きしめた。


「大丈夫、きっと見つかるよ。私にとっても大切な友達だもん。私も探すから。ね?」
「ぅう、はい・・・」


初春さんの背中を軽く撫でる。小さな背中が細かく震えていた。


「わたくしたちは佐天さんの自宅周辺を捜索することになっているのですけれど、お姉さまが合流してくださるというなら手分けするのが良いかもしれませんわね」
「じゃあ、初春さんと黒子は予定通りに佐天さんの家の近くを探しに行って。私は繁華街の方に行ってみる。佐天さんには悪いけど、もし佐天さんの部屋の中に入るなら黒子がいた方が良いだろうし。黒子、お願いね」

真顔で肯く黒子に初春さんを任せる。涙を拭った初春さんが黒子を促して、空間移動(テレポート)でその場から姿を消した。


「さあ、じゃあ私は・・・」


佐天さんの寮とは反対側、多くの店が軒を連ねる繁華街へと足を向ける。
放課後のこの時間は、学生だらけの学園都市における一番の稼ぎ時だ。数多の商店は呼び込みの戦略に成功しているらしく、繁華街は多くの学生でごった返している。
この人だかりで、果たして佐天さんが見つかるんだろうか。
もし佐天さんが自分で失踪したとして、原因は何だろうか。
最後に私が佐天さんに会ったのは、初春さんへ告白する前日。つまり四日前。その時は特別おかしな様子は見られなかったはずだが・・・
もし何者かに誘拐されていたとして、犯人の目的は何だろうか。
この前の虚空爆破(グラビトン)事件の時見たく、超能力者の私、もしくは風紀委員の初春さんか黒子に対する攻撃の一種なのかも知れない。
そう考えながら、さっきの初春さんとのやりとりを思い起こす。
初春さんは、佐天さんのために泣いていた。
可愛らしい顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙をポロポロこぼして。抱きしめた初春さんは、見かけよりも小さく感じた。
ちょっと佐天さんを恨めしく思う。心配かけて、初春さんを泣かせたりしたから。
そして、ちょっと妬けてしまう。これだけ初春さんを泣かせるくらい、初春さんの中では佐天さんの存在が大きいのだ。
見つけたらデコピンの一発でもお見舞いしてやろう。
歩くうちに、繁華街を抜けるところまで来てしまった。この先は川しかない。河原が広く、「ここなら周りに迷惑がかからないから」と、ツンツン頭の高校生との喧嘩のときに連れてこられたことがある。アイツ、次見つけたら絶対負かしてやるんだから・・・
川の方からそよ風が吹き付ける。川上の方から、雲が風に乗ってやって来るのが見えた。
風に促されるように振り返り、もう一度繁華街に戻って、今度は裏道を探してみようとしたとき。
見覚えのある髪飾りが付いた頭が、十字路の角、建物の陰に隠れるのを見た気がした。


「佐天、さん?」


交差点まで走り、急いで路地を覗く。
見覚えのある後ろ姿が、かなり離れたところを歩いていた。


「佐天さん!!」


呼びかけながら、私は人ごみをかき分け、佐天さん目がけて走り出した。
声が届いたのか、しかし、佐天さんはそのまま走り出す。見る間に次の角を曲がってしまった。


「あ、ちょっと!?」


まさか佐天さんが逃げ出すとは思っていなかったから、素っ頓狂な声が出てしまったのは仕方あるまい。


「佐天さん、待って!」


次の角を曲がると、佐天さんはまた別の角を曲がろうとしていた。その後に私が続く。
が、直後には佐天さんがさらに別の角を曲がる。訳がわからなくなりながらも、私は人の波に逆らって泳ぎ続けた。
しばらく追いかけていると、佐天さんが何をしたいのかがわかって来た。
何度も角を曲がってはいるが、結局川の方へと向かっている。
とりあえずそのまま追いかけ続ける事にした。
佐天さんと私では、私の方が足が速い。だんだん私と佐天さんの距離が縮まっていく。
とうとう繁華街を抜け、河原に出た。投棄された空缶や、骨だけになったビニール傘が散らばる向こう。そこに、佐天さんが背を向けて立っている。


「もう、どうしたの、佐天さん? 声かけたのに急に駆け出したり、学校休んだり・・・」
「・・・」


近づきながら声をかけるが、佐天さんは振り向きもしないし返事もしない。ただ、走ったからか肩で大きく息をついていた。
もしかしたら誰かに脅されているのかも、という一抹の不安を拭えないまま、私は声をかけ続ける。私が誘拐犯に気づいているとわかれば、佐天さんがどんな目に会うかもわからない。
誘拐犯の居場所に気づいていない事をアピールしつつ、誘拐犯にメッセージを伝えることができるようにしなくては。


「何かあったの? あー、ほら私で良ければ何でも話し聞くよ? 色々相談に乗ってもらったし・・・だからとりあえず、顔を見せてよ。ね?」


佐天さんに向けて話しかけてはいるが、もし何者かが佐天さんにマイクでも持たせているなら、これで何らかのアクションがあるはずだ。『用があるならコソコソしてないで私の前に顔を出して話を聞かせてもらおうか』というメッセージが伝わったのなら。顔を見せる気がなくても、こんな辺鄙な場所に呼び出したのだ。陰から何か攻撃があっても不思議ではない。
しばらく黙って様子を見る。


しかし、何かが起こる気配は全く無い。ちょっと拍子抜けした。


「ほら、佐天さん。早く帰ろう?」
「・・・帰るって、どこにですか」


やっと佐天さんが口を開いた。今にも泣きそうな声に、少しだけドキリとする。


「そりゃ、もちろんみんなの居るところよ。初春さんも、黒子も・・・」
「そこに! ・・・あたしの居場所は、あるんですか?」


誘拐の線はなくなったが、別の意味で不安をあおる言葉だった。
佐天さんは、自分の居場所がなくなったと思って私から逃げていたということになる。
原因は何だろうか。


「もちろんよ。私も初春さんも黒子も、佐天さんの事、大切な友達だと思ってる。もし佐天さんに居場所が無いと思ってるなら、それは勘違いだってば。ねぇ、一緒に」
「あっはっはっはっはっは!!」


私が言葉を続けようとした時、突然佐天さんが大きな声を出して笑い出した。突然の奇行に、驚いた私の肩がビクッと震える。
その笑い声は、突然止まった。


「御坂さんって随分ヒドい事言うんですね」
「・・・え?」


嘲るような声。普段の佐天さんとの違いに、背筋を冷たい物が伝う。


「初春も白井さんも御坂さんも、あたしの事を友達だと思ってる。・・・それじゃ困るんですよ」
「ど、どういう事? ちゃんと言ってくれないとさっぱり・・・」


わからないじゃない。
言いかけたその時、佐天さんが顔だけ振り返って、私をすごい形相で睨みつけていた。


「あたしから初春を奪ったくせにっ!!」


ぼろぼろと涙をこぼし、歯を食いしばった顔が放つその怒気に、私は気圧された。


「え、えっ? ど、どういうこと?!」
「あたし、初春の事好きだったんですよ。御坂さんと知り合うずっと前から・・・」
「そ、それじゃあ、佐天さんが言ってた『私以外の初春さんのことを好きな人』って・・・」
「あたしのことですよ。だから、友達じゃ嫌なんです。もっと、それ以上じゃないと・・・」


驚きすぎて、開いた口が塞がらない。
佐天さんが初春さんのことをそんな風に思っていたなんて・・・


「全然気づいてなかったですよね、御坂さん」
「そ、そりゃだって、佐天さんと初春さん、いつもすごく仲良さそうにしてるけど・・・恋人同士っていう風には見えなかったし・・・まさか女の子の事好きな女の子が黒子と・・・その、私以外にもいるとは思ってなかったし!」
「それは思い違いですよ。結構いるんです」
「で、でもそれなら何で」
「告白しなかったのか、ですよね。・・・しましたよ、三日前。御坂さんが初春に告白する日の朝。・・・冗談だと思われてまともに取りあってもらえませんでしたけどね」
「そ、そんな・・・」
「わかってますよ、言いがかりだってことは」


佐天さんが俯いた。顔は見えなくなったが、頬を伝う大粒の涙は眩しく光っていた。


「でも、初春は、あたしにとっての『学園都市に居る意味』だったんです。いくら頑張っても能力は開花しない。成績だって振るわない。それに加えて、御坂さんや白井さんと知り合って、同じ中学生、同じ女の子なのに、あたしには手の届かない世界の人たちを身近に感じて・・・何度も、学園都市を出て行こうかと思いました。でも、初春の事、好きだったから、離れたくなかったから・・・」
「・・・」


初めて知った、佐天さんの内心。
私や黒子と知り合っていた事がプレッシャーになって、私が初春さんとつきあい始めたことでストレスが爆発してしまった。
それが今回の家出騒動につながった訳か・・・
こんな時、どういう言葉をかければ良いのか、私にはわからなかった。
言葉に詰まっていると、佐天さんが顔を上げてこちらを向いていた。


「でも、これで良かったと思ってます。初春ってほら、見た目からして超か弱いじゃないですか。実際腕立て伏せとかほとんど出来ないんですよ。そりゃ、正義感とかは強いし、情報戦なら誰にも負けないと思いますけど。 だから、その背中を守ってくれる人が必要だと思うんです。・・・今までのあたしじゃ役不足なんですよ。御坂さんくらい強ければ、学園都市の第三位、最強無敵の電撃姫くらいの力があれば、退けられない敵なんて二人しかいないじゃないですか! そんな人が初春の事守ってくれるなら、幸せにしてくれるなら、あたしは何も心配する事ないですから」


佐天さんは涙を頬に張り付かせたまま、うっすらと笑顔を浮かべていた。
胸がジクリとした。息苦しく感じる。
それと同時に、救われたような気がした。佐天さんが現状を認めてくれなければ、私は何を言って良いかわからなかったから。


「それで・・・佐天さんはどうするの?」
「あははっ、どうしましょうか。あたしって諦め悪いんですよ。そうですねぇ・・・御坂さん倒して、初春を奪い返すっていうのはどうですか?」
「・・・へ?」


佐天さんが言っている言葉の意味がわからなくて、間抜けな声が出てしまう。


「あたしが御坂さんを倒せれば、御坂さんの代わりにあたしがこの都市の第三位ってことになって・・・そうすれば初春の背中を守れる。御坂さんよりあたしの方が初春のパートナーに相応しいってことですよね!」
「え、ハハ、ちょっと何言ってるの佐天さん・・・」


佐天さんが私には勝負を挑む、ということなのか。
だとしたら佐天さんに勝ち目はない。佐天さんには何の能力もないのだ。もし相手が銃で武装して来ても、相手が打つよりも早く私の電撃が意識を奪う。もちろん佐天さん相手に全力を出したりはしないが、初春さんは渡したくない。このままでは、再び佐天さんの心に傷を負わせるだけの結果に終わってしまう。
佐天さんが「何年かけても追いついて見せる」とでも言ってくれれば安心できるのに。そういう決意の宣言だったならば、私も安心できるのに。
願いはかくも虚しく届かなかった。


「どうします? あたしと戦いますか? 戦いませんか? 」
「・・・ちょ、ちょっと、悪い冗談はやめてよ・・・ハハハ・・・」


再び冷や汗が背中を伝った。
これが佐天さんの仕掛けた精神攻撃なんだとしたら、佐天さんは能力がなくても十分学園都市で生きていける。
私に残された選択肢は二つ。どちらもあまり選びたくない選択肢ではある。
もし勝負を断れば私は無能力者に不戦敗したことになり、周囲の私を見る目は変わるだろう。佐天さんとの今後の付き合いにも不和が生じるかも。
もし戦えば佐天さんは傷つき、本当に学園都市を出て行ってしまうかもしれない。そうなれば初春さんはきっととても悲しむだろう。
だったら選ぶべき選択肢は一つ。自分の評判なんて知ったことじゃない。
と、そこで何かが引っかかった。
『佐天さんがいなくなったら、初春さんが悲しむ』?


「恋と友情、どちらを取るか。なんて理由で悩むんでしょうね、御坂さんの事だから」


追い討ちをかけるように、佐天さんが私の考えを言い当てる。
なおも私が黙っていると、佐天さんは、わかってないなぁとでも言いたげに首を振った。


「御坂さん、これはテストなんですよ」
「テスト・・・?」
「そうです、御坂教官によるあたしのテストです。さっきあたし、『今までのあたしじゃ役不足なんです』って言ったじゃないですか。今のあたしは違うんですよ」
「え? ど、どういうこと?」
「じゃあぁ・・・種明かし一つ目! あたし、レベルアッパー使いました」
「!?」


レベルアッパー。
この前の虚空爆破事件の犯人を思い出す。
力を手にいれ、力に頼り、力に溺れた、風紀委員を狙った爆弾事件を起こした青年。
佐天さんの今までの行動全部が、もしレベルアッパーを手に入れて力に溺れた結果なのだとしたら?


「御坂さんって、努力しない人大っ嫌いでしたよね。そんなあたしに『戦わない』って言って、初春をとられちゃって良いんですかぁ?」


そんなのを許せるはずがない。
でも、心のどこかで安心もした。佐天さんが能力を持っているなら、佐天さんが抵抗してくれるなら、佐天さんの心の傷は小さくて済む。
頭のどこかで警報が鳴る。何かがおかしい、と。耳の奥がツーンとする。
しかし、口から一度出た言葉は、どうやったって取り消せない。


「良いわよ。受けて立とうじゃない」




「良いわよ。受けて立とうじゃない」


心の中でガッツポーズを取る。途中、御坂さんが誘導に乗らないのではとヒヤヒヤしたが、どうやらうまく行ったようだ。
我ながら卑怯だとは思う。
御坂さんの良心につけこんで、御坂さんが知っているあたしを人質にして、御坂さんの嫉妬心を煽って。
それでも、あたしは取り戻したかった。初春が、あたしの近くに居てくれる生活を。
女の嫉妬って怖いなぁ、なんてどこか他人事のように考えつつ、あたしは能力を使い続ける。


「どっからでもかかって来なさい!」


そう言って御坂さんは腰を低くする。来るならまず電撃だろうと思っていたが、どうやら近接戦闘を挑むつもりらしい。このままでは手順が狂う。
あたしは声を張り上げた。


「御坂さん、楽しそうですね!」
「何言ってるの? 腹立たしくて仕方ないわよ」
「でも御坂さん笑ってるじゃないですか」
「笑ってなんか・・・」


そこまで言って、御坂さんも気付いたようだ。
自分の顔が楽しそうにしていることに。


「種明かし二つ目! 実は御坂さんの周りに笑気ガスが撒いてありまーす」


それを聞いてからの御坂さんの行動は早かった。
笑ったまま驚くという器用な顔をした後、息を止めて後ろに跳び退さる。
笑気ガスは高圧下でないと効果がない。だから、御坂さんがここまで来た直後から、少しずつあたしの能力で御坂さんの顔の周辺だけ気圧を高くしてあった。きっと耳が変な感じになっていることだろう。
笑気ガスを撒いたのは、その麻酔作用で御坂さんの判断力を鈍らせるためだ。
そのために、わざわざ御坂さんをここまで誘導したのだ。河原なら色々なものを砂利の中に埋めやすい。御坂さんの足元にも笑気ガスが充填されたボンベを埋めてある。
御坂さんが動いている間に、足元の砂利を一掴み。それを御坂さん目掛けて投げつける。
あたしの手を離れた砂利は、あたしが空力使い(エアロハンド)で作った空気の吹き出し口が生み出す推進力で加速する。事前に試しておいたところ、全力を出したときの威力はコンクリートの壁にめり込んでしまうくらい。
着地した御坂さんが状況に気付いて、横っ飛びに礫をかわす。避けきれなかった礫が常盤台の制服の袖の端を荒く切り裂いた。一つの礫の攻撃力はそこまででもないけれど、砂利を投げつけているだけだから攻撃範囲は広い。


「!?」


避け切れると思っていたのか、御坂さんが驚いた顔をする。しかしすでに電撃を放つ準備ができているのか、体のまわりで青白い火花が散っていた。


「やるようだけど、絶対に初春さんは渡さないっ!」


雄叫びひとつ。
目の前で火花が閃いた。
でも、あたしに電撃は届いていない。


「くっ!」


御坂さんが放電をやめて悔しそうな声を出す。
あたしと御坂さんの間には、ビニールがとれて骨だけになったビニール傘がある。少し傾けて地面に刺してあるこれが避雷針になっていた。
その位置からの電撃は通用しないと知るや、御坂さんは地中の砂鉄を磁力でかき集めて剣を作り出す。そのまま剣を構えて、あたしの方へと走り寄る。
砂利を投げて加速させるが、砂鉄剣が蛇のようにうねって、すべての石粒を一瞬で削りあげて粉々にしてしまった。
ネットなどからかき集めた御坂さんの目撃情報から、攻撃のバリエーションは大体把握している。が、威力や詳細はやはり実物を見ないとよく解らない。さすがは超能力者、この程度ではびくともしない。
御坂さんとの距離はおよそ10メートル。もう何歩か踏み込まれれば剣が届いてしまうし、その前に避雷針よりこちら側に来られてしまったら電撃が飛んで来るだろう。
あたしは掌を軽く叩き、御坂さんの方へ向けた。自分の手から吹き出す風で、最初から浮いていたあたしの体が動き出す。


「!!」


御坂さんが驚いた顔をする。ガスの効果が薄れて来たのか、そろそろ顔から笑みが消えて来た。もう今日だけで何回泡をふかせただろうか。超能力者を手玉にとっているという実感が、少しだけあたしを嬉しくさせる。
空力使いで立ったまま宙に浮くには、靴の底を触らなくてはいけない。戦闘中にそんな行動をとれば能力が割れていた場合に何をするのかが丸わかりだし、第一隙を作りすぎる。それを防ぐため、御坂さんをここにおびき出す前から、あたしはずっと地面から数センチ離れて浮いていた。それを隠すため、空缶を集めて足元を隠していたのだ。
御坂さんが走るより早く、あたしは御坂さんから遠ざかる。
なおもあたしを追う御坂さんは砂鉄剣を伸ばそうとして、しかし、ためらい、止めた。
しめた。御坂さんは、ちゃんとこの戦いをわかっている。
御坂さんは始めからたくさんのハンデを背負うことになっていた。
まず、あたしに向かってレールガンを射ったり、剣で斬りつけたりはできない。例えば、友達だから云々は抜きにしても、御坂さんがあたしを傷つけて戦闘不能にしたとする。あたしがボロボロになってしまっては、いくら超能力者とはいえ風紀委員や警備員が黙っていないし、初春にも軽蔑される。
だから御坂さんのあたしに対する攻撃手段は、電撃による気絶を狙うか、酸素の電気分解でオゾンを出して、その毒性であたしがひっくり返るのを待つかのどちらかくらいしかない。
後者が通用しないのはあたしの能力が空力使いだとわかった時点でわかっているだろうから、実質、御坂さんの攻撃は電撃しかない。


それに、長引けば自動的にあたしの勝ちが決まる。
御坂さんには教えていないが、じきにこの場所に初春が向かい始めるはずなのだ。戦闘前に御坂さんがこの場所を初春たちに教えていれば話は簡単だったのだが、保険をかけて来て正解だった。
初春が白井さんと一緒にあたしの家まで来ていることは、上空から見て確認してある。自宅周辺に何か目ぼしいものがなければ、おそらくあたしの部屋に空間移動で入ってくる。そして初春のことだから、あたしのパソコンの中も調べるだろう。デスクトップにおいてある『初春へ』というテキストファイルに気づかないはずもない。そして読めば、書かれている場所、すなわちここへ来る。
そのとき初春と白井さんが見るのは、あたし目掛けて電撃を放つ御坂さんと、逃げながら手当たり次第に物を投げつけているあたし。止めに来た初春にあたしが泣きつけば完璧だ。初春と御坂さんの関係が悪くなるのは避けられない。
だから、あたしは電撃を食らわないようにしていれば良いのだ。その代わり、食らってしまえば戦闘不能は間違い無いが。
しかし、これらは試合に負けたときでも勝負に勝てるようにかけておいた保険だ。
何としても、御坂さんに勝つ。
あたしが御坂さんを下して初めて、あたしは初春の背中を守ることができるのだから。


足から出している風を更に強くして、砂を巻き上げる。目を守るために御坂さんが目を細めた。
手と足の向きを変えて、避雷針を回り込むように動く。視界が悪いからかワンテンポ遅れて気付いた御坂さんが、あたしの意図にきづいて避雷針を真っ二つに切り裂いてしまった。直後、御坂さんの周辺でバチバチと音がし始める。
まずい。まだこのタイミングじゃない。まだまだ手の内は隠しておきたい。
足元に撒いてあった、あらかじめ触れて風の吹き出し口を作っておいた空缶から、とにかく全力で風を出す。突然、さっきまであたしがいた所からガチャガチャ音がし始めたからか、御坂さんが驚いてそちらを振り向いた。砂埃で、何が起きているのかはわからないはずだ。流石に今の状態で20個を超える吹き出し口を細かく制御することなんてできないけれど、運が良ければひとつくらいは御坂さんの所まで飛んで行くかもしれない。
今の内に出来るだけ御坂さんから距離をとって・・・
そう思った矢先、御坂さんが砂埃を突っ切って、真っ直ぐこちらへ向かって来た。


「目を封じたくらいで周りが分からなくなるほど、私はヤワじゃないわよ!」




「目を封じたくらいで周りが分からなくなるほど、私はヤワじゃないわよ!」


佐天さんの足元にあった空缶が動き出したときは何か仕掛けてあるんじゃないのか、と心配になったが、それらがただ風を吹き出しているだけだとわかった時点で、先に佐天さんを叩くことにした。
視界が悪くとも、私の体が常に放っている電磁波がレーダーの役割を果たしているから、目を瞑っていても物にぶつからずに歩くことはできる。
当然、佐天さんの居場所もわかっていた。遠くから電撃を放つのは手加減が難しいので、後遺症も残さず綺麗に気絶するように至近距離から電撃を浴びせるべく、佐天さんに走り寄る。
まずは軽い電気ショックで佐天さんの動きを止める。その隙に距離を詰めて、正確に威力を調節した電撃をお見舞いする。あとは黒子と初春さんを呼んで事情を説明すれば良い。私は佐天さんの言葉を、『私が佐天さんに勝てれば、私を初春さんの恋人として認める』と解釈したが、それが間違っていなければ万事丸く収まるはずだ。
この砂塵の中で自分の姿を見つけられたことに、はたまた目をほとんど閉じた私に周りの状況がわかっていることに驚いているのか、佐天さんは驚愕の表情を浮かべて私から距離をとり出す。
逃がさないっ!


「きゃうっ」


私が放った電撃が佐天さんを直撃した。静電気が強くなった程度の電圧だから、気を失ったりすることはない。集中出来なくなって能力が途切れたのか、後ろ向きにホバリングしていた佐天さんが結構な速度で背中から転げる。
数メートルの距離はあっという間に縮まった。もう大丈夫、ここからなら正確に加減した電撃が放てる。
勝利を確信してスピードを落とす。前髪のあたりで火花が散った。
地面に転がった佐天さんがこちらを睨みながら上体を起こす。手のひらを擦りむいたのか、うっすらと血が滲んでいた。
これ以上不意打ちを食らってはたまらない。さっさと終わらせるべく、私は電撃を解き放った。しかし、


「っ!?」


またしてもやられた。
再び電撃は届かない。いや、届いていたが通用していなかった。


「あ、あたしの能力って、触れば有効なんですよねぇ〜・・・」


電撃は確かに佐天さんに届いていた。なのに佐天さんは気絶していない。
痛みをこらえる顔をして佐天さんは立ち上がる。


「な、何で・・・?」
「触った物からなら何でも、御坂さんの電撃が通ってくる空間に出来る空気のイオンの塊にだって風を出して動かせる・・・イオンや電子が動かなきゃ、御坂さんの電撃だって電流が弱くなって人体に与える影響が少なくなりますからね・・・代わりに電圧が上がるから痛みはすごくなりますけど」


言いながら拳を握って、佐天さんが立ち上がった。痛みで自分に鞭を振るうかのように。
そういう仕掛けか。なら。


「だったら、直に電流流せば済む話でしょうが!」


周りの空気を電気抵抗器に使っているなら、空気を通して攻撃しなければ良い。遠隔攻撃できるというのが私の能力の利点だったはずなのに、こうもその利点を活かせないとは。
休みかけていた足に再び叱咤する。
残り5メートル。
佐天さんは、飛ばないとスピードを出して移動出来ない。走っては私から逃げきれない。
ごっこでは、佐天さんは私に敵わない。私の有利に、かわりは無い。
そう思ったとき。
佐天さんが、握っていた何かを投げてきた。
拳よりひと回り小さい、しかし先ほどの砂利よりかははるかに大きな石を一つ。石は空力使いの力を受けて、普通の投擲では考えられない速度で飛び来る。


「?!」


とっさに握っていた砂鉄の剣を解体し、礫の進路にヤスリとしてばらまく。これだけ大きく速い物になると、やすり切るのに距離が必要だ。
だから長く砂鉄をまいてしまった。直後に響く、石が削れていく音と佐天さんの短い悲鳴。


「ぎゃっ!」


石がただの粉塵になって私の後ろへ流れていく。
佐天さんの服の右肩が破け、擦り傷が無数に赤い筋を作っていた。つぅ、とたれた滴が新しい流れを作る。
赤く滲むその血を見て、頭に上っていた血の気がいっぺんに失せた。
やってしまった、と思った。
醜い衝動に突き動かされていた自分が顕になる。初春さんを取られたくないという独占欲と、佐天さんに対する嫉妬心。その欲望に沿って行動してしまった結果がこれだ。
一方で、初春さんにどう言い訳するかを考えている自分が居た。言い訳なんて、僚艦に門限を破ったときくらいにしか考えた事も無かったのに。
佐天さんの怪我、自分の欲望、そして、未だ消せない言い訳がましい自分の心に戸惑っていたからか。佐天さんが私の鼻先を触るまで、私は目の前まで歩み寄られていたことに気づかなかった。


「御坂さんは、優しすぎるんですよ」


声にハッとして我を取り戻す。


「初春の為なら死んだって良いって思ってるあたしに、友情とか初春の好感度を考えて手加減してる御坂さんが勝てるはずないじゃないですか?」


言われた途端、私の肺から空気が抜けた。
窒息で苦しむ私の目の前で、佐天さんが嬉しそうな、勝ち誇ったような、それでいて悲しそうに目を伏せた笑みを薄く浮かべていた。


「全てを持ってる太陽に、何も持ってない北風が勝つ方法、わかります?」


初春さんに告白したときの事が頭に浮かんだ。どうやら告白の内容まで聞かれていたらしい。
電撃を浴びせようとして、残った酸素を演算に持っていかれて更に苦しくなる。脚がくずおれ、地べたに座り込む。次第に視界が霞んでくる・・・


「雲を呼んで、太陽から花を隠せば良いんですよ」



「雲を呼んで、太陽から花を隠せば良いんですよ」


雲を呼ぶ、レベルアッパーを含め有りものを全て使うということが、御坂さんの基準で卑怯なのだとはわかっている。それでもあたしは止まらない。止まれない。ここまで来たら、もう後戻りは出来ない。
あたしは御坂さんの鼻に風の吹き出しを作って、そこから吹き出す風で鼻のあたりの気圧を下げ、御坂さんの肺に空気が入らないようにした。
そろそろ御坂さんの顔が青くなってくる。
御坂さんだってみすみす死にたくないだろうから、もうこれ以上動かないだろう。動けばそれだけ酸素が必要になる。
あたしは御坂さんに向き直って尋ねた。


「どうします? 降参しますか? それともしませんか?」


御坂さんは微かに、でもすぐに首を横に振った。
悔しい、と、そう思った。強く噛み締めた奥歯から嫌な音がする。
その時、遠くから愛しい声がした。


「佐天さん!?」


後ろを向けば、川にかかる大きめの橋の上に初春と白井さん居た。白井さんが初春を触ると、次の瞬間にはあたしの目の前に、泣きじゃくる初春と、難しそうな顔をした白井さんが現れる。


「佐天さん!」


初春は涙で目を腫らして、その上鼻もつまらせてグジュグジュになった声をしていた。そんな状態でも、フラフラと初春があたしに歩み寄る。ちょっと嬉しくなった。
そんな今、あたしが言うべき言葉は一つ。まだ確定事項ではないが、限りなく確実に訪れる結果なら言った者勝ちだ。


「初春、あたし勝ったよ!」


言った直後、弱々しい衝撃とともにあたしの顔が右を向いていた。
何が起きたのかわからなかった。いや違う。わかってはいたのに、わかりたくなかっただけだった。


初春のビンタが、あたしの顔の向きを変えていた。


それだけの事を飲み込むのに、たっぷり1分はかかったような気がする。
能力に集中出来なくなってたからか、気付けば御坂さんの咳き込む音が聞こえるようになっていた。


「お姉さま!! ・・・いけませんわ、酸欠を起こしていますの。初春、わたくしは酸素ボンベをとって来ますから、お姉さまと佐天さんを」
「は、はい! 御坂さん! 御坂さん、しっかりしてください!」


白井さんが空間移動で消えた後、初春が倒れていた御坂さんの上体を抱え上げる。不器用に息をする度、青ざめた御坂さんの顔に次第に赤味が戻っていく。
それから御坂さんの呼吸が整うまで、初春は御坂さんの名前を呼び続けていた。そして、


「う、初春、さん・・・」


御坂さんの声を聞いて、初めて初春が表情を緩める。


「良かった・・・本当に良かったです・・・」


それを聞いて、あたしが感じたのは大きな疎外感だった。
あたしは? ねえ初春、初春はあたしにそんな顔してくれてないよ。そんな風に優しく抱きかかえられたり、傷の手当もしてくれてないよ? 肩のこれ、御坂さんにやられたんだよ。でもあたしは負けなかった、勝ったよ。書庫(バンク)の上では無能力者のあたしが、超能力者の御坂さんに勝ったんだよ?
なのにさ、なのに何で・・・


何で御坂さんを介抱して、そんな嬉しそうな涙流すの・・・?


新しく流れ出すそれを見たとき、あたしは今なら竜巻だって起こせるんじゃないかと本気で思った。 この都市(まち)も壊滅させられる、憎いものも、自分も、愛しいものも全て吹き飛ばして粉々にできる。そんな気がした。
でも結局、そんな瞬間は訪れなかった。
突然表情を険しくした初春が、子気味の良い音を立てて御坂さんの頬を平手で打ったからだ。
御坂さんも、あたしも目を丸くした。


「どうして・・・どうして二人とも私の知らないところで、喧嘩して傷つけあうんですか?!」


初春が、空に向かって叫んでいた。
思わずあたしは頬をつねる。痛い。


「悪いのは私なのに、何で佐天さんと御坂さんが傷つかなくちゃいけないんですか!! 傷つけあわなくちゃいけないんですか?! なんとなくだけどわかってたんです、二人の私を見る目が他の人を見る目と違う事! それに気づいてたのに、私は何もしなかった! 成り行きにまかせて、二人からアプローチがあることを期待しちゃってたから!」


あたしも御坂さんも、呆然と初春の告白を聞くことしかできなかった。
誰に向けてともわからない独白。


「だから、御坂さんから告白されたとき嬉しくなっちゃって、その場でOKしちゃって、舞い上がってたんです。そしたら佐天さんが突然学校に来なくなっちゃって、佐天さんの家に行っても誰もいなかったし、すぐに、私が原因で何か起こったんだって、思ったのに、何もしなくて・・・」


初春が鼻をすすりながらあたしの方を向く。
泣き腫らした目の周りが、なんだか痛々しい。


「佐天さんのメッセージを読んだとき、私、初めて自分が何をしたのかに気付いたんです」


初春はポツポツと語り出す。
あたしの家の周りに点在していたえぐれたコンクリートやブロックを見つけて、何か事件に巻き込まれたんじゃないかと不安になったこと。
あたしが残したメッセージを読んで、あたしがレベルアッパーを使ったのを知ったこと。
あたしが空を飛んで移動していたから、街の監視カメラにあたしが映っていなかったこと。
あたしが御坂さんに対向心を燃やしていた理由がわかったこと。
あたしが御坂さんを襲撃して、初春の恋人の座を奪おうとしているのを知ったこと。
あたしのネットのアクセス履歴から、あたしが御坂さんと本気で戦うつもりでいるのがわかったこと。
結局、初春が全ての元凶であったこと。


「私が全部いけないんです!! わかってたのに止めようとしなかった、出来なかった訳でもないのに何もしなかった私がっ!!」


顔をくしゃくしゃにした初春が、一際大きく鼻をすすった。


「だから、今度は私のこと叩いてください。こんな心の弱い私のことを・・・さっきの分、倍にして、いえ、それ以上にして返してください。私が受けるべき罰を、ちゃんと、受けさせてください・・・」


そう言って初春が歯を食いしばる。御坂さんが困惑顏で初春さんを見上げた。
初春にそう言われたら、あたしがとるべき行動は一つだ。
初春に近寄ったあたしは、左手を初春に振るった。小さく、乾いた音が響いた。


「これはさっきのお返しじゃないから」
「・・・え?」
「あたし、許せないだけだから」
「ちょ、ちょっと佐天さん?!」


御坂さんが睨んでくる。そんな視線はあたしの知ったことじゃない。


「いくら初春でも、初春のこと悪く言うの許せないだけだから」


初春がキョトンとした顔をする。対して、御坂さんは安心したように、そして多少呆れ混じりで息をついた。


「初春は初春が思ってるよりずっと強いもん。こうしてあたしたちの事止めにきてくれたし。そうやって責任被ろうとしちゃうし」
「そうそう、虚空爆破事件のときの初春さんだって頼もしかったよ。正義感に溢れてて、とっても格好良かった。私、そんな初春さんに惚れちゃったんだと思う」


御坂さんも初春に微笑みかける。ちょっとムッとなったが、顔には出さないでおこう。


「御坂さん・・・佐天さん・・・うっ、ううっ・・・」


また初春が泣き出してしまった。
でもきっと、その涙はさっき流してた涙と違う。
そんな初春を見ていたら、初春の膝からこちらを見上げている御坂さんと目が会った。御坂さんはバツの悪そうな顔でこちらを見る。あたしもきっと、そんな顔をしてるんだろう。なんだか顔がうまく動かない。
そんな不安を吹き飛ばしたくて、努めて明るく言い放つ。


「さぁーって、あたしたちはきちんと責任取りますか。ねぇ、御坂さん」
「・・・うん、そうね」


あたしの言葉に御坂さんが肯く。御坂さんは体を起こし、初春の頭を撫でた。


「風紀委員に出頭するわ。・・・能力者同士の喧嘩はご法度だもんね」
「・・・はい」
「で、出頭の前に初春さんとは別れる。こんなんじゃ、初春さんの恋人失格だし」
「そ、そんなこと無いですっ! だって・・・だって・・・」
「だって? 初春さんのせいじゃないし」


困ったように御坂さんが言う。
初春は一瞬ハッとした顔をすると、すぐに顔を俯けてしまった。


「・・・一方的で、ごめんね」
「御坂さん・・・」
「じゃあ・・・佐天さん」


なおも泣き続ける初春を置いて御坂さんは立ち上がり、あたしの方へと向き直る。


「傷・・・ごめんね」


言われて自分の肩を見遣る。まだ痛むが、滲んだ血はかさぶたになりかけていた。


「別に良いですよ、風紀委員支給の特製傷薬があれば跡は残らないですから、それさえもらえれば。・・・結局あたしの作戦も失敗だったなぁー。流石『超能力者』って感じでしたよ、御坂さん」
「佐天さんこそ、すごい戦略家だったじゃない。すっかり挑発に乗せられちゃったし。私にとって不利な状況ばっかりだったし。最後は負けちゃったし。それに佐天さん、レベルアッパー使って能力を得たにしては、ずいぶんレベル高くなかった? 強能力者(レベル3)くらいあるんじゃないかと思うんだけど・・・」
「それだけはきっと御坂さんのお陰ですよ」
「え?」
「死に物狂いで練習しましたから。御坂さんみたいに、努力で勝ち上がった実例が目の前にあったから、あたしにも出来るって思えたんです。どっちかって言うと、『あいつに出来て、あたしに出来ないはずが無い』って感じでしたけど」
「・・・そっか」


御坂さんが眼を伏せる。多分、御坂さんもあたしと同じ気持ちなんだろう。
大きな後悔の中に、小さな安堵が見える。そんな感じ。
しばらくして顔を上げた御坂さんは、あたしに微笑みかけた。


「一緒に行く?」


もう断る理由は無いだろう。


「そうしましょう」
「じゃあそこでタクシーでも拾いましょうか。177支部までちょっと距離あるし」


黒子が居れば楽なんだけどねー、と呟きながら御坂さんが歩みを進める。と、突然御坂さんの上に現れた影が、御坂さんに抱きついた。


「お呼びになりましたか、お姉さまっ!! って、あれ、お姉さまもう復活してらしたんですの? 折角酸素ボンベも持ってきましたけれどもここはやはり人工呼吸を試みて、どさくさに紛れて熱いペーゼを差し上げようと思っていましたのに・・・」
「要らん! そんなサービスは風紀委員にもアンタにも期待してないからっ!!」
「つれないですわね・・・キスで目覚めるお姉さまとか素敵ではありませんこと?」


確か御坂さんと白井さんが話してたのは、こんな内容の事だったと思う。
なぜ『確か』なのかと言うと、その時くらいから、眠りに落ちて行くような、体から意識が剥がれて行くような、そんな感覚がして、その後の記憶が残っていないからだ。
でも、最後に見聞きしたことははっきり覚えている。
なぜか曇り始めた空をバックに初春があたしの顔を覗き込んでいて、


「佐天さん、佐天さん、しっかりしてください! 佐天さん!!」


って言いながらあたしを揺さぶっていたことだ。






AIMバーストを倒した後、初春さんは佐天さんが入院している病院へ飛んで行った。
なんだか複雑な気持ちになりつつも、私と黒子はその後を追う。
今でも自分の気持ちに整理はついていない。相変わらず初春さんのことは好きだし、佐天さんに対する嫉妬心もある。
人間の気持ちがそんなにすっぱり整理できるはずもないけれど、やっぱり初春さんのためにも覚悟を決めた方が良いだろう。とは思っていたのに。
ぼやっと考える間もなく、すぐに病院へ着いてしまった。
私が屋上に着いて最初に見た光景は、先に着いていた初春さんが佐天さんにスカートを捲られて、いつも通りの悲鳴を上げているところ。


「たっだいまー!!」
「ひあぁぁぁ?!」


ああ、戻ったんだ。と思った。
初春さんは見ての通り。
きっとあの佐天さんは、今まで通りのムードメーカーな佐天さんで、私を殺してでも初春さんを奪おうともしないだろう。
じゃあ、私は・・・?
私も元通りになるべき・・・なのかな。
そう思うと、目頭が熱くなった。
が風紀委員に出頭する前に、初春さんとは恋人の関係を解消した。あんなことになってしまった以上、のうのうと初春さんの隣に居座ることなんて出来なかったから。
結局、佐天さんも私も固法先輩の「喧嘩? そんな些事にかまってる余裕なんてないわ! ただでさえレベルアッパー事件でてんてこ舞いなのに!」の三言でお咎め無しになってしまったが・・・
あの時は迷わなかったのに。また今になって初春さんの事が恋しくなってる。
付き合ってる間、一度のデートにも出かけられなかったけれど、『初春さんと付き合っている』という事実だけで私は胸が一杯だった。
でも、あの時にはもう戻れない。
結局、それより前の自分に、みんなとの関係に戻りたいし、戻らなければいけないのだ。でも、心の中に諦めの悪い私が居た。忌まわしいはずの騒動が恋しく思えるような、今までの私なら絶対に許せないような、そんな私が。
どうしたら、良いんだろう・・・?


「御坂さん、助けてもらってどうも・・・って、あれ? どうしたんですか? 泣きそうな顔してますけど」


気がつくと、目の前に佐天さんが居た。


「え、べ、別にそんなこと・・・ないって」
「嘘は良くないですよ、御坂さん。乙女の悩みなら涙子にお任せ! スバリ、御坂さんのお悩みは初春の事でしょう〜」
「・・・よくわかったわね。けど、どうして?」
「御坂さんも磨いてみると良いですよ、女の感」
「あはは、なるほど。じゃあ今度磨いてみようかな」


初春さんと黒子は少し離れたところで風紀委員の報告書をどう纏めるか話し合っている。それを確認してから、佐天さんに胸の中の澱を打ち明けた。


「何だか、私だけ元通りになれないな、って思っちゃってさ」


眼を向けた先には、いつも通り仕事の時の顔をした初春さんと黒子がいる。佐天さんだって今まで通りに私に接してくれた。
でも私だけ、元通りになれない。いや、戻りたくないんだ。


「佐天さんとあんな喧嘩して、初春さんにも心配かけちゃって。でももう二人とも立ち直ってる。私が元に戻らないと、本当の意味で騒動が終わらないような気がして・・・でも、戻りたくない、なんて考えてる。・・・我侭だよね、私。初春さんと同じところには居られないはずなのに、それなのに、まだ初春さんの事求めて」
「・・・戻りたい、んですか?」
「うん。またみんなで遊びに行って、買い物に行って、美味しいもの食べて、パジャマパーティーして、それで笑いあえるような、そんな時に戻りたい。でも、短かったけど、佐天さんと喧嘩してでも、初春さんと付き合っても居たかった」


だんだん顔が下を向く。いよいよ涙が零れてきそうだったから。


「だったら答えは一つじゃないですか」
「えっ?」


佐天さんの声に顔を上げる。目に入ったのは、寂しそうな顔をした佐天さん。


「時間は戻らないんですよ。元通りになんて、タイムマシンでも無い限り戻れません」


あたしが集めた都市伝説の中には、学園都市のどこかでタイムマシンが作られてる、なんてのもありますけどね、と言いながら佐天さんは首を振った。
顔を上げていたからだろうか。とうとう頬を伝って涙が落ちた。
肺から空気が抜けていく。喉を震わせながら出て行く空気が、どこか嗚咽のような音を作っていた。
こんな声、黒子に聞かれでもしたら大変だ。なぜ泣いているのかと詰問されてしまう。初春さんに聞かれるのはもっと嫌だった。こんな今でも、初春さんの前では太陽で居たかったから。
声が漏れないように、口を抑える。でもその格好が必死に泣き声を押し殺しているようで、私も今その通りの事をしていることに気がついて。
雨でもないのにパタパタと雨音がする。


「やっぱり御坂さん、どうしても初春と一緒に居たいんですね」


佐天さんの言葉が私の胸に突き刺さる。


「そうよ・・・初春さんと、一緒に居たい・・・まだ二人でデートも、行ってなかったんだから・・・」


ともすれば号泣してしまいそうになるのをこらえる。


「あたしには、そんなに初春が大好きなのに前の関係に・・・恋人同士じゃなかったころに戻るなんて無理そうに見えますけど」


佐天さんが呟く。
その通りだ。戻りたくないのに・・・戻れるはずもないのに・・・


「それに、元通りじゃないのは御坂さんだけじゃないです」
「・・・へ?」
「あたしだって元通りじゃないですよ? 初春の事諦めてないですし。まあ、もう御坂さんと正面きって戦う事はないと思いますけど」


佐天さんが自分の手を空にかざす。
心なしか、私の目には佐天さんも泣きたがっているように写った。


「でも」


そんな感情を押し殺すようにして、佐天さんが表情を改める。いつもの、前を向いて歩いている佐天さんの笑顔だ。


「どうせ戻れないなら、このまま行っちゃいません?」
「・・・この、まま?」
「あたしも御坂さんも初春が大好き。それで良いじゃないですか。御坂さんはもうちゃんと責任も果たしたんですから、初春の隣に戻っても良いと思いますよ。AIMバースト倒してレベルアッパー事件も解決したんですから」


佐天さんの話を聞いている間、私はどうしても動く事ができなかった。
ただただ涙を流すだけ。
でもその涙が汚れを落としていくかのように、私の世界は、色を取り戻し始めた。
手の甲で涙を拭い、私も笑顔になる。


「佐天さんだって、きちんと償ったんじゃない? 意識不明って言ったら、普通重体だもん。十分、責任とったと思う」
「御坂さん・・・あはは、何かむず痒いですねー、こういうの」
「そう?」
「御坂さんは慣れっ子なんですよ。人から感謝される事たくさんあるでしょう?」
「そ、そうでもないけど」


心に安堵が広がって行く。
やっぱり私は良い友人を持ったようだ。
こぼれ出たため息が、夏の風に溶けて、晴れた空へと消えて行く。


「元通りじゃなくて、良いんだね」
「あたしはそう思いますよ。誰がどう言おうと、これがあたしの自分だけの現実(パーソナルリアリティ)ですから」
「ははは、佐天さんは強いわね」


本当にたいした物だと思う。
腰に手を当てて胸を張る佐天さんに、私は改めて言葉をかける。


「ありがとう、佐天さん。お陰で救われた気がする・・・それと、改めてごめんね。怪我させちゃって」
「え? いやいやいや、あたし別にたいした事してないですし! ・・・あ、あとさっき言いそびれたったんであたしからも。助けてくれて、ありがとうございました。それから・・・ごめんなさい。その・・・色々と・・・」
「別に良いわよ。もう済んだ事だし、私も無神経な事相談しちゃってたしね。ここはお互い様ってことで、ひとつ」
「はい、じゃあそれでひとつ」


ほつれた糸をより直すように。傷口にかさぶたが出来るように。雨が降れば虹ができるように。
元には戻らない関係でも、もっと進んだ関係になる。
どちらからともなく、クスリと笑いが漏れた。二人の間を飛び交う笑い声は共振して、次第に大きくなって行く。
今は初春さんの隣に居なくても、しばらくはこれで良いかな。と、そう思った。
佐天さんが運んできた雨雲が降らせた雨で、とびきり綺麗な虹をかけてやるんだから。


「さぁて、じゃあそろそろもう一人にも責任とってもらいましょうかね。ね、御坂さん」
「へ? もう一人って・・・誰?」
「決まってるじゃないですかぁ」


イヒヒと笑いながら、佐天さんは黒子と話し込んでいる初春さんの後ろに素早く回り込む。そして、


「この花にたわわな実が成るのはいつの事かな?」
「きゃあぁぁぁぁ!?」


う、初春さんの胸を掴みにかかった。
自分も黒子にやられた事があるからわかるけれど、あれは不意にやられると尋常じゃないほどびっくりする。
案の定、初春さんは黒子の目を点にさせる悲鳴を上げた。


「んな、な、な、何するんですか、佐天さぁん!!」
「んー、新たな親睦の深め方を考えたから試してみようと思って」
「いつものセクハラがレベルアップしただけじゃないですか!? こんなので親睦が深まると思ったら大間違いですっ!」
「ちょ、ちょっとお姉さま。レベルアッパーにはこんな後遺症がありますの・・・? 木山晴美は何か言っていませんでした?」
「いや多分レベルアッパーとは関係無いと思う・・・」


半泣きになった初春さんが、佐天さんをポカポカ殴っている。不謹慎だけれどその姿が可愛くて、止める気が起こらない。
そんな初春さんの威力の無い拳を受けながら、しれっと佐天さんは言い放った。


「じゃあ、あたしと付き合えば親睦深まる?」
「そもそも佐天さんは・・・・・・へ?」


え?


「親睦深めるためにあたしと付き合っちゃおうよ。うん、それが良いよね」
「な、なに勝手に一人で頷いてるんですか?! 私の意見は無視ですか?」
「えー、初春はあたしと付き合うの嫌なの?」
「え、いや、そういう訳じゃ・・・」


あれ、ひょっとしてこの流れは・・・


「だぁー、もう煮え切らないなぁ初春は! あたしを惚れさせた責任とって、あたしと付き合いなさい!!」
「え、ええぇ?!」


そうきたか!
私は佐天さんの前に回り込んで、初春さんに身を乗り出す。


「それなら私だって! 初春さん、もう一回付き合って!」
「あ、ちょっと! 御坂さんはもう経験あるじゃないですか! ずるいですよ!」
「抜け駆けしようとした佐天さんには言われたくないわっ!」
「ぬぐぅ・・・えーい、初春っ! どっち? どっちなの?!」
「え、えと、そんな言われても・・・」
「あー、御坂さんがあんまりしつこいから初春困ってますよ〜」
「佐天さんでしょ、今の!? 初春さん、どっち?」
「当然あたしだよね?」
「あ、こら誘導禁止! お願い、答えて初春さん!」
「う、うーん、じゃ、じゃあ・・・」
『じゃあ?!』


初春さんの審判が下るのを待つ。初春さんの顔が真っ赤になっている。
そして、


「ふ、二人とも・・・って言うんじゃダメですか・・・?」


佐天さんと二人して顔を見合わせるのだった。
本当に、この都市は退屈しない。
そこには、空を染める夕焼けと同じ色をした初春さんの顔が、私と同じように目を点にした佐天さんの顔が、萱の外になっているのが寂しそうな黒子の顔が。
まだ、初春さんを巡る一連の騒動は終わりそうになかった。



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