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私は、真っ白な空間に居た。
どちらが上で、どちらが下かも分からない。
常に落ち続けているような、しかし昇り続けているような、奇妙な浮遊感。
首をどこに向けても、目に飛び込んでくるのは、白、白、白。
しかし、不思議とどちらが前だということだけわかっていた。
正面に顔を向ける。
白。
右に顔を向ける。
白。
左に顔を向ける。
白。
背後に顔を向ける。
白。
いや、白い、人が居た。
こちらに背中を向けて、ただそこに立っていた。
その人の立っている様子から、私は初めて上下の感覚を得た。
「もし」
私は、その人に声をかけた。


その人は振り返らない。


私は歩を進めた。その人が、次第に近づいてくる。いや、私が近づいているのだ。その違いすらも、この真っ白な空間では希薄だった。
「もし」
私は、その人の肩を叩いて尋ねた。


その人は振り返らない。


怪訝に思い、私はその人の前に回り込む。
そして、驚いた。


その人は私だった。
顔立ちも、目の色も、肌の色も、髪の色や長さも、体格も、性別さえ違っていた。
しかし、わかる。
確かにこれは私だ。
この空間には、私が二人居る。


「もしもし」
私は私の肩をつかんで揺さぶった。
しかし、私は返事をしなかった。ぼーっと、白い虚空を見つめているようだった。
もう一度、私は私の肩を揺さぶった。
しかし、私は返事をしなかった。
頬を軽く叩いてみた。
鼻をつまんでみた。
首の下をくすぐってみた。
私は、私に無反応だった。
まるで、この私が私であることを認めないかのように・・・


そう思うと、とたんに怖くなった。
私は私から私だと思われていない。
ならば、私は一体なんなのだ?
白い世界が、だんだん黒くなってきている。
そんな気がした。


私は、真っ黒な空間に居た。
どちらが上で、どちらが下かも分からない。
常に落ち続けているような、しかし昇り続けているような、奇妙な浮遊感。
首をどこに向けても、目に飛び込んでくるのは、黒、黒、黒。
しかし、不思議とどちらが前だということだけわかっていた。
正面に顔を向ける。
黒。
右に顔を向ける。
黒。
左に顔を向ける。
黒。
背後に顔を向ける。
黒。
いや、黒い、人が居た。
こちらに背中を向けて、ただそこに立っていた。
その人の立っている様子から、私は初めて上下の感覚を得た。
「もし」
私は、その人に声をかけた。


その人は振り返らない。


その人は、既に人ではない、抜け殻と化していた。
私の口から、自然にフッと笑みがこぼれた。