我想由来想像的世界

フィクションってどこから来るのでしょうか。
なんてことを突拍子もなく考えてみたり。


数日前の新聞のコラムに


「見えないから想像力が働く」


と書かれておりまして。まあ確かにその通りだなぁ、と思ったわけですよ。
しかし、そのためには想像を働かせる「きっかけ」となるものが必要なはずですよね。
で、大体それは「想像されるものの一部」であるはずだと思うんですよ。
例えば


「宇宙人がいるかも知れない」


という想像は


「宇宙はどこまで広がっているのか見当も付かない」かつ「宇宙には地球という星かあり、そこには知性を持った生物が生息している」


という条件の下で展開された想像の果ての結論なわけですよ。
宇宙がこれだけ広けりゃ、どこかに人間みたいな生き物がいてもおかしくないぞ、と。


では作り話(フィクション)はどうでしょうか。


サスペンスや恋愛ものなどの、私たちが住んでいるこの世界のなかで展開される物語は、ここでは対象としません。
想像のきっかけとなる、「話の一部」は現実世界にたくさん転がっていますから。


ラノベやマンガ、神話の様な、神や魔法が存在したりする、完全に「異世界」としか呼べない世界で繰り広げられる作り話は、一体何が「きっかけ」となって考え出されたのでしょうかねぇ。


考えられることは二つ。
一つは、そう言った話を書く人はこの世界以外の世界の一部が見えている、という考え。
もう一つは、魔法や神の起源であるものが実際にこの世界に存在していた(あるいは、している)、という考え。





一つ目はなんと言いますか・・・実際(下手ですけど)書く人間として、多分違うと思いますよ。
もしかしたら、「ひらめき」というのはこういった異世界異世界の定義を「この世界でない世界全て」とするならば、全ての「ひらめき」もこれで定義できる気がする)の端っこが「視えた」ときの状態を言うのかも知れませんが、確かめる術はありません。



二つ目は、物語の起源をたどればわかりそうなものなんですけれどねぇ。
物語は神話から始まったらしい、と。
で、そこでは呪いだの魔法の武器だのが平然と使われている、と。
北欧神話とか、星座の話に出てくる神様方を見てるとそんな感じしません?
聖書とか読んだら、キリストだって復活してます。小学生の頃、ザオリクは実在したのか! とか言いたくなった位です。
私が知っている神話と言えばこれくらいしかないのですけれども、証拠としてはこれで十分ではないでしょうか。


そういった話が作られた、ということは、それのモデルになった出来事やものが実在したか、あるいは上で書いたように誰かには「視えた」のかのどちらかでしょう。


突き詰めていけば、「神や魔法は実在した!(あるいはまだ存在する)」ということなんでしょう。
でも、そういうモデルから神話の神様方が形成された、となると、そういう神は全知全能ではなさそうですね。もしくは、全知全能であっても普通の人間には手を貸さないとか。



・・・こんなこと書いてないでさっさと勉強せねば・・・宿題が・・・