縁側にて

平橋まつのりさんの絵「縁側にて」にインスパイアされて、去年の夏に書いたものです。
平橋さんから絵の転載の許可を頂いたので、公開します。



僕の日課は散歩だ。
朝早くか、夕方の日が落ちた時期に、近所の大きな公園まで歩いて行き、そこのランニングコースを2周ほどして帰ってくる。
夏のある日の朝、その公園で、猫を見つけた。
黒と白の(黒の割合が多い)野良猫だった。
日差しが暑い日だったからか、日陰でうずくまっていた。
可愛いと思った僕は、近づいて声をかけようとした。
すると、猫はビクッと立ち上がって一目散に逃げていった。




またある日。今度は夕方の散歩。
今度はその猫がベンチの上で毛づくろいをしていた。
ランニングコースを2周して戻ってきても、そこに居た。
今度こそ声をかける。


「にゃあ」


こう言った。
すると


「にゃーぁお」


と返事があった。
「可愛いね」


僕が言った。
猫は毛づくろいを再会した。


「じゃあね」


と僕は言って、その日は家に帰った。




次の日も夕方の散歩だった。
その日、猫は昨日の隣のベンチに寝ころんでいた。


「おっす」


手を挙げて挨拶。


「ふにゃーぁ」


猫が返事をしてくれた。
すると、猫はベンチを降りてきて、僕の足下で伸びをした後、毛づくろいを始めた。
人なつっこい猫らしい。
そのまま毛づくろいが終わる兆しが見えなかったので、僕は


「またね」


と言って猫に別れを告げた。
数メートル歩いたところで視線を感じ、振り向くと猫がこちらを見ていた。
ただジッと見ていた。
僕は手を振って


「明日も来るから」


と言ってから帰った。




その次の日は朝の散歩だった。
ランニングコースを回ってくると、いつものベンチで、猫が待ち伏せを成功させたかのように


「ほわぁお」


と鳴いた。


「可愛いなぁ」


と言って、僕は猫の頭をなでた。
初めて猫に触った。
ふわふわとした感触が、指通りの良い毛並みが、僕を癒してくれた。
すると猫は、もっと撫でろ、と言わんばかりに、頭を手に押しつけてきた。
ずっとそうしていたかったが、用事があるのでそういうわけにも行かなかった。


「明日は夕方に来るから。じゃあね」


と言って僕は帰った。


「なーぉ」


猫が鳴いていた。




次の日。約束通り、夕方散歩に来ると、猫はベンチの上で毛づくろいをしていた。


「綺麗好きだね」


声をかけても、毛づくろいを止める素振りは見えず。
僕はランニングコースを回ってくることにした。
戻ってくると、猫が僕の足にすり寄ってきた。


「可愛いやつめ」


クシャクシャと頭を撫でてやる。


「また明日も来るね」


そう言って家へ帰った。
振り返ると、猫はまだこちらを見ていた。






1ヶ月近く、そんな日々が続いた。
途中、2、3日ほど遭遇出来ない日もあった。
けれど、僕は猫と段々仲良くなってきていると思っていた。





しかし、僕にはこの日常を続けられない理由があった。
学校である。夏休みが終わって、学校の授業が始まり、塾の平常授業が始まれば、朝は早く、帰りは夜遅くなるため散歩には行けない。
受験も近いので、日曜を除き毎日塾がある。
もう一つの理由は、家。
両親が、念願かなってマイホームを建てる計画をしていた。来年の4月には新居ができあがり、引っ越せる予定だった。現在は、設計の最終段階だと聞いている。



夏休みも最後の日に、最後の散歩に行った。
猫はベンチで伸びをしていた。
僕が近づくと、すり寄ってきて


「にゃーぉ」


と鳴いた。


「もう明日から来られないんだ」
「にゃぅ?」
「学校と塾があるから、日曜くらいしか来れない。それに来年の4月には引っ越しちゃうから、そしたら二度と来られない」
「なーぉ」
「だからさ、今日で実質、お別れなんだよ」
「にゃー」
「じゃあ、今日の分走ってくるね」
「にゃーぁ」


目を細めて、猫が鳴いた。




戻ってくると、猫はまだ同じ所にいた。


「やっぱり可愛いな」


ポフポフと頭を叩く。


「にゃーう」
「もっと一緒に居たかったんだ」
「にゃぅ」
「寂しいよ」
「・・・」


猫が下を向いた。僕は嗚咽のために、これ以上は言葉にできなかった。


「じゃあね」


やっとの事でこれだけ口から絞り出す。
そのまま僕は歩きだした。











半年とちょっと後。
新しい家に、僕の家族は引っ越してきた。
窓を開けて、縁側に出る。


「良い日差しだ」


春のうららかな陽気だった。


「気持ちいいな」


僕は右を向いた。


「どうだ?気に入ったか?」


すると、声がした。


「にゃーお」









あの後、猫は僕の後をついてきたのだった。
マンションのエレベーターに乗り込んで驚いた。
猫が一緒に乗り込んでいたのだ。


「独りぼっちは・・・嫌いなのか?」
「にゃぁ」
「そっか」


僕は猫を抱いて家に帰った。
両親からは怒られた。生き物を飼える環境ではない、と。弟は喜んだが。
しかし、僕のそばを離れない猫に負け、両親も猫を飼うことを承諾してくれた。
よく見ると、猫は雌だった。
その後、猫は母親にはなついたが、父親と弟には大きな態度で当たるため、「お嬢」という名前が付いた。
ある日、勉強の最中にお嬢が飛び乗ってきた。


「重いってば」
「にゃぅん」


すると、僕の腕の中で丸くなってしまった。
そういえば、もう木の葉は全て散ってしまっていた。


「くつろげる場所が欲しいんですか?お嬢」
「にゃーぉ」
「ふふ。そうですか。実はお嬢のために特別な物を用意しましたよ」
「・・・」
「春になったらのお楽しみ、ね」


首を傾げたお嬢のおでこを、優しく人差し指でつついた。


「ふにゃぁ」






春になり、新居が完成した。
設計図の最終確認の時、無理を言って付けて貰った縁側もある。
新居に飛び込んですぐ、僕はお嬢を抱いて縁側へ出た。


「良い日差しだ」


春のうららかな陽気だった。


「気持ちいいな」


僕は右を向いた。


「どうだ?気に入ったか?」


すると、声がした。


「にゃーお」


僕には猫語が分からない。
僕はそっと、猫の頭に手を伸ばし、クシャクシャを撫でてやった。
手を離すと、寝ころんだお嬢が傾げた顔を少しだけ上げて、こう言った。


「にゃーん」


その生意気そうな顔には。


「くるしゅうないよ」


と書かれていた。






素晴らしき平橋さんの絵はこちらのページ、「GSFコミックイラスト展vol.7 ねこ耳・キュートEXHIBITION参加作品」です。


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