さてういSS ハロウィン編


注意!
この作品にはヤンデレ分が少量ながら含まれています。
閲覧によって気分を害されても、鍵屋は責任とれませんので、よろしくお願いします。



では、大丈夫という方のみ以下へどうぞ。















「ただいまー」
「うわ、大きい荷物!」


今日はハロウィン2日前! 私は百貨店のハロウィンコーナーで買い込んできたグッズの入った袋を抱えて、「そんなに待たされたら、ケーキが悪くなっちゃうよ〜」と言って先に買い物から戻った佐天さんの待つ、自宅へと戻ってきたのでした。


「一足早くサンタクロースが来ちゃったのかと思ったよ」
「そ、そんなに多く買ってないですよ?! そう、出来るだけ大人数で楽しめる物を選んできましたから、一人当たりの単価は安いはずっ!」
「そんなガッツポーズしたまま力説されてもなぁ。まあ良いか。とにかく中見せてよ」
「はいはーい」


抱えていた袋を床に下ろし、中の物を順々に取り出します。プラスチック製のカボチャのランタン、モンスターの形をしたグミの詰め合わせ、ガラスに貼るステッカー。底の見えない袋の収納力に、袋から物が取り出される度、佐天さんの顔が呆れたそれへと変わって行きます。カボチャの柄の金太郎飴、この時期限定のパッケージになっているクラッカー、それから・・・


「マントに・・・とんがり帽子?」
「でっかい被り物のカボチャもありますよ!」


そう、仮装用の衣装! 魔女とジャック・オー・ランタンの二種類を見繕ってきました。
それを見るなり、佐天さんはげんなりした顔で呟きます。


「・・・二人っきりで仮装するの? なんかそれ、すっごく寂しい気がするんだけど」
「いえいえ、白井さんと御坂さんを呼んで、この部屋に入ってきた所で驚いてもらうんです。今までお呼びしたこと無かったですから。パーッとお祭りにしましょう」
「ナイスアイデアだよ、初春! あたしがお祭り騒ぎが好きと知っての所業だね?」
「え、佐天さんがお祭好きだってことは・・・」
「さぁ、思い立ったが吉日! 早速準備しようじゃないの!」


はしゃぎ様がすごいですけど、佐天さんも同意してくれました。うん、ちょっと調子に乗って買いすぎちゃったことはごまかせた・・・


「で、全部でいくらしたの?」


・・・ごまかせませんでした・・・







「で、どっちがどっち着るの?」


目の前には魔女の衣装とジャック・オー・ランタン、すなわちカボチャの被り物が。


「私は魔女の方で・・・」
「えー、あたしも魔女の方が良いんだけど。このカボチャ、可愛く無いし・・・」
「私も同じ理由で魔女を・・・」


安かったからついつい買ってきちゃったんだけれど、よく見ると可愛くないんですよね・・・当たり前のように顔より大きいですし、ギザギザした口の部分からかぶった人の顔をのぞかせるという趣向のこらし方が、なんとも言えない「人を寄せ付けないオーラ」のようなものを放っています。


「初春が買ってきたんじゃん。・・・何とかしてよ」
「うぅっ、じゃあジャンケンにしましょう!」
「なんか納得いかないけど・・・まあ良いか。んじゃーいくよ?」
『じゃんけんほい!』


私はパー。佐天さんはグー。


「じゃあ私がこっち着ますね」
「ちぇっ」


私が手に取ったのは、当然魔女の衣装。しぶしぶと佐天さんがカボチャの被り物を取り上げます。


「やっぱこれ可愛く無いよぉ」


呟く佐天さんの声を聞きつつ、腋の下に冷や汗をかきながら私はその声を聞かなかったことにしました。
私は確保した衣装を持って自分のベッドの方へと向き直ります。と、


「うひゃぁ!」
「ねー、交換してよ〜。う〜い〜は〜る〜」


佐天さんが後ろから飛びついて来ました。そんなに佐天さんが嫌がるような物、私だって欲しくないのに決まってるじゃないですか?!
その時、私の脳裏にひらめきと言う名の電球の光が灯りました。
振り返りながら、私は思いついたことを言います。


「じゃ、じゃあ、佐天さんがそれを恥ずかしがらないようにお呪いをしましょう!」
「何で声ひっくり返ってるの?」
「え、い、いや、別になんでも無いですよ! はははははー」
「ふーん、まあ、別に良いけど・・・」


普段スカートを捲られている仕返しだなんて言えません・・・
額を伝う冷や汗を隠すように、私は佐天さんに背を向け、小物入れからある物を探し始めました。


「五円玉?」
「はい、振り子です」


よく低レベルの念動系の能力の練習で使われる、五円玉に糸を結びつけただけの簡単な振り子です。


「ひょっとして、催眠術?」
「はい、ちょっとかじった事あるんですよ。お呪いにはぴったりじゃないですか?」
「いや、催眠術はお呪いじゃないし。十分科学だし」
「気分ですよ、気分。とりあえずそこ座ってください」
「てか、ホントにそのカボチャ好きになるような感性になっちゃったりしない? 大丈夫? あたし、あんなのが好きな人間にはなりたく無いんだけど」
「大丈夫ですよ〜・・・多分」
「ん? 今最後声小さくて聞こえなかったんだけど、何て言ったの?」
「何も言ってませんよ?」


佐天さんを床に座らせ、私はその正面に座りました。


「はい、ではまず呼吸を落ち着けて・・・目を瞑ってください・・・はい、目を開けて・・・振り子が揺れる所をぼーっと眺めてください・・・」


催眠術が進むに連れて、佐天さんの目がだんだん、とろーんとしてきます。こうしておとなしい佐天さんを見てると、何だか不思議な気分です。普段はあんなに元気で、騒がしいくらいなのに。
そうこう考えているうちに、段階はどんどん進み価値観の一時的な書き換えに移る所まできました。欲しいほど好きな物を想起させて、その中に目的の物を刷り込ませるんです。


「はい、佐天さんが今欲しい物は何ですか〜?」
「・・・・ぃ・・・る・・・」


佐天さんがボソボソと小さな声で喋ります。当然、私にはよく聞こえませんでした。


「すみません、声が小さくてよく聞こえませんでした。もう一回、大きな声で話してください」
「・・・・・・ぅ・・・はる・・・」
「ごめんなさい、もう一度・・・」


再び聞き直します。しばらく顔を俯けて、口元をもごもごさせていた佐天さんは、発芽したばかりの植物の芽が畳んだ双葉を持ち上げるように、ゆっくりと顔を上げました。心なしか、目が潤んでいるようにも見えます。そして、佐天さんは大きな声で答えたのです。もちろん、その答えこそは、はっきり聞く事が出来ました。ただし、私にとってショッキングな単語を伴って・・・


「初春っ!!」
「・・・・・・えっ?」


私はただただ口を開けて、その場に凍りつくしかありませんでした。





私と共に凍り付いた空気は、なかなか溶けてくれそうにありません。こんなに1分1秒が長く感じられたのは、風紀委員の試験の結果発表の時以来です。
部屋の真ん中で、凍り付いた私の頭の中を、良い具合に先ほどの言葉が反響して飛び回っていました。停止した思考回路は、状況と言葉の意味をとらえようと再起動を要求していますが、私の中の何かがそれを許しません。その頭の中でぼんやりと、御坂さんみたいな能力があれば、電気的刺激で無理矢理理解することもできるのかな、なんて考えたりしています。


「うぃは・・・る」


本当に凍結していれば-250度近いはずの空気の中、先に動いたのは佐天さんでした。
まるで寝ぼけていながら笑ったときのように目尻を下げて、
それでいてどこか寂しそうに眉を曲げ、
顔は熟れたリンゴのように赤く火照り、
その唇は朧げに私の名前を呟きながら、
佐天さんはゆっくりと、這うようにして私に近寄ってきます。
あわわ、何か変なスイッチ入れちゃったのかな・・・


「初春が、欲しいよ・・・」
「初春が好きなの・・・」
「愛してる・・・」
「あたしだけのものにしたいほど・・・」


佐天さんが近寄ってくる間、私は惚けたように座っていました。立ち上がれなかったんです。
結構長い間、佐天さんのクラスメイトをやってきました。でも、こんな佐天さんを今まで見たことがありません。
よく「女を捨ててる」と言われている私にさえ、艶っぽく見える佐天さんなんて・・・
パニックになりながらも、さっきまで固まっていた私の思考回路は汚名を挽回するべくオーバークロック気味に活動し始めました。
火の無い所に煙が立たないように、催眠術をかけただけで突然佐天さんが私の事を好きになる訳がありません。私がかけようとした催眠はこうです。まず、個人の好きなものを想起させて、意識をそれに向かせます。次に、それに付随する形で目的の物、すなわちカボチャの被り物を意識させます。何度かそれを繰り返し、目的の物を好きな物と混同させて、抵抗感を無くす。そういうものでした。しかし、佐天さんは私の名前を挙げました。これは一体・・・?
そこで突然、私の思考は中断されることになりなす。


「ひゃぁ?!」
「捕まえたぁ〜」


這い寄ってきていた佐天さんが、私の股を掴んで、ニマァっと笑いました。心なしか、酔っぱらってしまったかのようにも見えます。


「良ぃい? 初春お嫁にもらってもぉ〜」
「えっ、ちょっ、お、お嫁ぇ?! な、何言ってんですか佐天さん!!」
「えぇーダメぇ?」
「ダメですよ! そもそも女の子同士、結婚なんて出来ませんって!」
「大丈夫だってば、あたしそんなの気にしないし・・・」
「仮に佐天さんが気にしなかったとして、私の意見はどこに行ったんですか?!」
「えぇ〜、じゃあどうなの、初春は」
「えっ?」


こうなってしまった原因を探る前に、佐天さんの言葉によって、再び私の頭の中は凍りついてしまいました。


「ねーえぇ、どうなの? 初春ぅ」
「・・・私は」


自然と、私は俯いていました。佐天さんが私の顔を下から覗き込もうとしています。


「・・・佐天さんの事が、好きです」
「じゃぁー・・・」
「でもっ!」
「?!」
「お友達として、ですっ・・・」


私らしくなく、大きな声を出してしまいました。それにビックリして上体を起こした佐天さんは、目を大きく開けて、普段通りの顔付きで私を見ています。


「だから、佐天さんのお嫁にはなれません」


さっきの大声はどこへやら。今度は随分小さな声しか出ませんでした。


「そっ・・・か・・・・・・」


つ、と。
佐天さんの声に顔を上げて、私が一番初めに見たものは、微笑んだ佐天さんの頬を伝う一筋の涙でした。
はっとした、その時にはもう遅かったのです。





その後、私は佐天さんに謝り倒しました。
被り物を被りたくないが為に、催眠術をかけた事。
今まで佐天さんが隠し通して来た気持ちを吐露させてしまった事。
そして、佐天さんの気持ちに応えられなかった事。
・・・・・・やっぱり佐天さんは優しい人でした。


「いやぁ、実はぜんっぜん催眠術かけられてた間の事憶えてなくてね〜。あたしそんな事言ったんだ? ははは、気にする事無いって! 誰のせいでも無いんだからさ」
「・・・嘘、つかないで下さい・・・」


私が悪いんです。
佐天さんの優しさに甘えてしまえば、どれだけ楽だったでしょう。
でも、私は甘える訳にはいかない。甘える資格が、無いんですから。


「えー? 嘘なんて・・・」
「全部、憶えてますよね」
「・・・」


とたんに、佐天さんの顔が暗くなります。耐えられなくなって、私は目をそらしてしまいました。


「催眠術をかけたって、記憶は無くなりません。『忘れる』という暗示をかけても、思い出せなくなってるだけで、記憶は残ってるんです。それに佐天さん、途中で術、解けてましたよね・・・」
「・・・うん」
「本当に、ごめんなさい」
「・・・うん」
「ごめんなさい・・・」


今度は私が涙をこぼす番でした。
佐天さんを泣かせてしまった。それだけで、私の罪悪感は膨れ上がりました。
もちろん、私にも譲れない所はあります。女の人と恋人としてお付き合い、あまつさえ結婚だなんて微塵も考えた事がありませんでしたし、するつもりもありません。
でも私が、佐天さんのそんな想いを無理矢理聞き出してしまった事は十分に罪です。


「泣かないでよ、初春」


私の頭にポンと置かれた佐天さんの手。
小刻みに震えるそれは


「初春が泣いてたら・・・私まで、悲しくなってくるじゃん・・・」


それでもいつもと変わらぬ暖かさを、私にくれるのでした。


「だからさ、顔を上げて・・・あたしの声を聞いて?」
「佐天さん・・・」


その声に顔を上げると、目の前では五円玉の振り子がゆらゆらと揺れていました。





目が覚めると、床の上でした。


「あ、あれ?」


何で私、床で寝てたんでしょう? 確かお買い物に行って、それから・・・何だか悲しい夢を見ていた気がします。
状況が飲み込めず、上体だけ起こしてキョロキョロしていると、


「おっ、初春〜。目ぇ覚めた?」


佐天さんが壁の向こうから顔を出しました。


「初春ったら買い物の後突然寝ちゃうんだもの。ビックリしちゃったよ」
「そ、そうだったんですか? 済みません、私全然覚えがなくて・・・」
「そだ。買ってきたケーキ食べよう。悪いと思ったけど、初春が寝てる間、勝手に冷蔵庫にしまわせてもらってたけど。初春もおなか空いたんじゃない?」
「あ、いただきます」


佐天さんが差し出すプレートの上には、どこで買って来たのやら、ショートケーキの乗ったお皿とジュースがなみなみと注がれたコップがあります。
うう、カロリーの高そうな・・・しかし、いただくと言ってしまった以上、食べない訳には行きません。佐天さんに出してもらったものなら尚更です。


「ささっ、召し上がれ〜」
「では早速・・・んー、美味しいです! 甘すぎないクリームがイチゴの味を邪魔してない、かと言ってイチゴは酸っぱすぎない、この奥ゆかしさのコンビネーションは絶妙ですね!」
「初春や、美食家ばりのコメントを有り難う。並んで買った甲斐があるってものだよ」


クスリと笑って佐天さんが言いました。その笑顔を見ていると、何だかこちらまで嬉しくなって来てしまいます。
ケーキと佐天さんで幸せな気分に浸っていると、佐天さんがポツリと私に尋ねました。


「所でさ、初春」
「何ですか?」
「あたし達、これからもずっと一緒だよね?」
「勿論ですよ〜。佐天さんの居ない生活なんて考えられませんって」
「・・・よかった! あたしも初春無しの人生なんて想像つかないからさ」


安心した様に、佐天さんが言いました。
すると、ふと気づいたように


「あ、初春、クリーム付いてるよ」
「え、えっ、どこですか?」


佐天さんの言葉に、私は自分の頬を手で探ります。が、なかなかクリームは見つかりません。


「しょうがないな〜、あたしが取ってあげよう」
「すみません・・・」


佐天さんの顔が近づいて来て、その手が私の頭に回されます。
えっ、何か違う・・・そう思った時。


「んっ」
「!」


私の唇が、佐天さんのそれと重なっていました。
驚きは一瞬だけ。長いようで短いその時間は、あっと言う間に過ぎ去って行きました。


「うん、初春味」


私から顔を剥がした佐天さんは、満足そうに頷きます。
一方の私は、顔を真っ赤にして、動けずにそのまま固まっていました。心臓が早鐘を打ちます。身体中から汗をかいている気がしました。


「あー、もう、初春ってば照れちゃって可愛いんだからぁ。このぉっ!」
「ひゃわぅっ」


今度は抱きつかれてしまいます。もう私の心拍数は鰻登りでした。
すると、佐天さんは私の耳元で、そっと、囁きます。


「ずっと、一緒だよ」
「は、はい・・・」


ボンヤリする意識の中で、私は確かそんなような返事をしていたと思います。
段々と意識が遠のいて行く感じ・・・あ、あれ? こんな感覚が前にもあったような・・・
うっすらと、記憶の片鱗が浮かんで来ます。ハロウィン、カボチャ、催眠術、佐天さん、告白、そしてもう一回催眠術・・・
あともう少し、もう少しで何があったのかが分かる、という所で、私の意識は途切れてしまいました。
心いっぱいの罪悪感を感じながら・・・





「あれ、初春? うーいーはーるー? ありゃ、突然気ぃ失っちゃった。・・・さてはさっきかけた催眠術の内容思い出そうとしちゃったんだ? 安全装置というか、『術の内容を思い出そうとすると、思考を停止する』って暗示も入れておいて良かったよ。・・・ずっと、ずっと一緒だよ・・・あたしの愛しい初春・・・」