初めての恋がおわるとき

ーはじめてのキスは涙の味がした


もう涙が止まらない。
重なった唇の間から入り込んだ涙が、皮肉な初キッスの味を作る。


ーまるでドラマみたいな恋
ー見計らったように発車のベルが鳴った


目の前で閉まる電車のドア。私とキミを隔絶するもの。
私は、ただただ電車の中で立ち尽くすしかなかった。








ー冷たい冬の風が頬をかすめる
ー吐いた息で両手をこすった


冬至を過ぎて、もう日が出ている時間は長くなる一方だというのに、夕方はまだまだ暗いままだった。


ー街はイルミネーション 魔法をかけたみたい
ー裸の街路樹 キラキラ


だからこそ、電飾が綺麗だと感じられるんだ。
シャンパンゴールドに飾られた通りを、駅へと歩む。


ーどうしても言えなかった
ーこの気持ち 押さえつけた


二人で見られたら良かったのに・・・・・・
そんな気持ちが拭いきれない。


ー前から決めていた事だから
ーこれでいいの


引っ越さなくちゃいけないことはわかっていた。親の都合だし、何より私の為にもなると思って決めたことだった。


なのにさ。


何でそのタイミングでキミが現れるの?


ー振り向かないから








ーありがとう サヨナラ


会えて良かった。
キミのおかげで恋を知ることが出来た。


ー切ない片想い


でもこの気持ちは伝えられない。


ー足を止めたら思い出してしまう


私は遠くへ行かなくちゃいけないし、
何よりキミに断られちゃうのが怖かった。


ーだから


ーありがとう サヨナラ


このままで『サヨナラ』が良いんだ。


ー泣いたりしないから


泣く理由も無い。
だって振られてないし・・・・・・


ーそう思った途端にふわり


視界の端をかすめる、綿のようなもの。


ー舞い降りてくる雪


それが雪だとわかって思わず手を伸ばし、


ー触れたら解けて消えた


私の代わりに、雪が泣いていた。












ー駅へと続く大通り
ー寄り添ってる二人 楽しそう
ー「ほら見て初雪!」


色とりどりの花が植えられた花壇が、綺麗に見えるようにライトアップされている。
木に施されたシャンパンゴールドのイルミネーションは、いつの間にかクリスタルシルバーに変わっていた。
前を歩くカップルが目に入らないように木に視界を移しても、耳はその会話を拾ってしまう。


ーキミとあんな風になりたくて
ー初めて作った
ー手編みのマフラー


持ってくるかどうか迷って、結局家に置いてきたマフラーを思い返す。
最初は失敗してばかりで、何度も作りなおしてやっと出来た、わざと長く作ったマフラー。


ーどうしたら渡せたんだろう
ー意気地なし 怖かっただけ


結局持ってこなかったのは怖かったから。
きっと優しいキミのことだから


「今日は寒いから」


とか言って私の首にマフラーをかけてくれるだろう。
それが怖かった。


キミのために編んだマフラーなのに・・・・・・


ー思い出になるなら
ーこのままで構わないって


向こうに行っても、思い出の中でキミを愛せる。
それで良い。
これで良いんだ。


良いんだ・・・・・・


ーそれは本当なの?


ーありがとう サヨナラ
ーいつかこんな時が来てしまうこと
ーわかってたはずだわ


改札をくぐる。
最近は切符を買う手間をかけなくても、すぐにホームへ行けてしまう。
キミとの距離が、さっさと開いていってしまうことが恨めしく思えてきた。


ーなのに


ーありがとう サヨナラ?
ー体が震えてる


立ち止まると顕著になる体の震え。
これは寒さのせいだ。寒いからだ。と、必死に自分に言い聞かせる。


ーもうすぐ列車が来るのに
ーそれは今になって
ー私を苦しめる


電車が来ちゃったら、もうキミとは会えないだろう。
何で今になって、
会いたい気持ちが、こんなに膨らんでくるのかなぁ・・・・・・?









ー繋がりたい


キミと手をつないで歩けたら。
私のためだけにキミが笑ってくれたなら。


ーどれほど願っただろう


夢にまで見たその瞬間は、もう永遠に訪れないだろう。


ーこの手は空っぽ


得られたものは、悲しい初恋の思い出。


ーねえ サヨナラってこういうこと?










ー行かなくちゃ


電車がホームに入ってくる。
そして目の前でドアが開いた。


ーそんなのわかってる


一歩踏み出した足が客車の床を踏み、


ーキミが優しい事も知ってる


そこで私の動きが止まった。


ーだから
ー「・・・・・・・この手を離してよ」


振り返らずに、私が言う。
キミが私の手を掴んでいた。


ー出会えて良かった


追いかけてきてくれるなんて思ってなかった。
会いに行って、引っ越すことを伝えて、本当に『サヨナラ』を言いに来ただけだったのに。
これでおしまいになるはずだと思ってたのに。


でも、でも・・・・・・!


ーキミが好き


この気持ちに、嘘なんてつけない。










ーありがとう サヨナラ


追いかけてきてくれて、ありがとう。
この胸のときめきを、ありがとう。
恋を教えてくれて、ありがとう。
出会ってくれて、ありがとう。
       ありがとう。
      ありがとう。
     ありがとう。
    ありがとう。
   ありがとう。
  ありがとう。
 ありがとう。
ありがとう・・・・・


いくら言っても足りないよ・・・・・・


ー一言が言えない


せめて一言。
この言葉は伝えたい・・・・・・


ー今だけでいい 私に勇気を


一度息を吐いて、吸うと共に振り返る。


ー「あのね――」


ー言いかけた唇 キミとの距離は0


キミの顔が目の前に見えた。
抱きしめられている、暖かい感触。
でもそれもすぐにぼやけて、滲んで・・・・・・


ー・・・・・・今だけは泣いていいよね


頬を伝う涙が外気にさらされて、すぐに冷たくなる。


ーもう言葉はいらない
ーお願い ぎゅっとしていて


ただキミの温もりを、今は感じていたかった。









ー来年の今頃には


この駅に来るのも1年ぶり。
改札を出ると、そこにあるのはキミの姿。


ーどんな私がいて


周りの目を気にせずに大きく手を振るキミをちょっと恥ずかしく思いながら、マフラーの余った部分をはためかせて駆け寄る私。


ーどんなキミがいるのかな


「ただいま」
「おかえり」


手をつないだ私たちは、初雪に白く飾られた駅前の大通りを歩き出す。


「メリークリスマス!」


キミの首にマフラーを巻きながら、私はとびっきりの笑顔を、キミに見せるのだ。



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